第81話 ストーカー少女


 


  誰かが、俺の後を付いてくる。

  魔法少女ではなく、紗里子から借りた普通の服を着ていた俺の後を。


  ロリータコンプレックスの男に目を付けられたのかと思ったが、その軽い足音からしてどうも違うようだ。


  俺は思い切って振り返ってみた。

  俺より少し背が高いくらいの、長めのおかっぱ頭をした可愛い女の子。

  目が合うと、その子は慌てて電柱の陰に身を潜めた。こちらをガン見しながら。


  前方に向き直し、家に向かって歩を進めるとまた付いてくる。

  家を特定されると嫌だから途中で巻いてしまったが、住所なんてとっくに知られているのかもしれない、とゾッとした。


 

  「ハハーン、マミ、それはストーカーね。貴女その子に何か悪い事したの?」


  百が腕組みをして言った。

  俺は家政婦であるミカエルの作った鮭のムニエルとブロッコリーの炒め物をつまみながら答えた。


  「何にもしてないわ。顔も見た事の無い子よ。ストーカーされる覚えは無いわ」


  「パパ……マミ、怪我はなかった? 襲われたりなんかしたら大変だわ」


  紗里子は「いくら魔法少女とはいえ」という言葉を飲み込んで心配した。


  「大丈夫よ。だってストーカーなんて言っても年のそう違わない女の子だったし」


  しかし俺は「年のそう違わない女の子」を舐めていた。


 

  魔法少女としてパトロールしている間に出会った人間は数多くいた。いちいち顔も名前も全員は覚えてないくらいだ。


  紗里子の真っ二つに裂けた身体を治した時だって、回復の呪文に取り入れたのは特によく覚えていた人や魔女ばかりであった。


  で、その覚えていない方の人間の中には、うっかり俺の記憶を消さないまま去ってしまった人達もいたかもしれない。


  『もしかしたらあのおかっぱは、その中の1人なのかもしれないな』


  俺は考えた。

  魔法少女である俺を覚えていて、雑誌社やテレビ局にでも売り込みたいのかもしれない。小遣い稼ぎで。


  それは由々しき問題だ。

  今度あの子にまた付いて来られたら、きっちりと魔法を解いて記憶を消しておかなければならない。

  俺はそう思って眠りに就いた。



  翌日。

  パトロールから帰った俺はまたもや紗里子の服を着て家路についていた。

  テレポートではなく、わざわざ歩きで帰ったのはあの子をおびき出すためだ。


  しかし、これが良くなかった。


  案の定足音を忍ばせて(そのつもりなのだろう)ついてきた『ストーカー』に向かって、俺は先手を打って話しかけた。



  「貴女、何か私に用?」


  「貴女の事が好きなの」



  面食らった。

  彼女は魔法少女である俺に助けられて、それで百合の道に入ってしまったとでもいうのか。

  俺は一応彼女に問うた。


  「……えーと、私、貴女にお会いした事あったっけ? 例えば、私が貴女を助けたとか……」


  「助ける? そんな事はないわ。ただ一目惚れだったの。公園で貴女を見かけて以来。金色の髪。アーモンド型の目。低い身長。どれを取っても私の好みぴったりだった」


  公園……。紗里子とよく行くあの公園か? 彼女は俺の魔法少女としての仕事とは関係が無いらしかった。


  「いつもは、あの邪魔な女の子(注・紗里子の事だろう)が側にいるから話しかけられなかったけど、貴女が1人でいる時間帯を調べて追っていたのよ」


  ヤバい、と俺の危機察知能力が働いた。この子はヤバい。普通じゃない事をまるで何でもない事のように喋っている。


  「貴女の名前もちゃんと調べてあるの。昂明マミちゃんだよね。素敵な名前。私? 私は鈴木ララ。歌うような名前でしょう」


  「私?」って、聞いてない聞いてない。

  君の名前など、聞いてない。

  それよりどうやって俺の名前を調べたんだ。俺は焦った。


  「……女の子に好かれるなんて、気持ち悪い……?」


  ララは、急に不安そうな表情をした。

  ちょっと可哀想かな、と思った俺が甘かった。


  「……別に、私『どうせいあいしゃ』の人を特別な目で見たりしないし、気持ち悪いなんて事は……別に……」


  先だってもニューハーフさんの事件を解決してきたばかりだった。


  「本当に!?」


  ララの顔が輝いた。


  「じゃあ、今すぐにここでキスして、ねぇ……」



  ーーはああああああああ!!??


  これはヤバい。俺はまた思った。

  秒速で魔法少女に変身して、彼女から俺への恋心を消し去らなければならない。


  「リリィ・ロッ……むぐっ」


  遅い。

  遅過ぎた。

  俺は、リリィ・ロッドを召喚する前に、ララに唇を奪われていた。

  5秒間のキスの間は長過ぎた。



  「これで私達、恋人同士ね」


  ララは微笑んだ。


  「いや、今のは不可抗力だし!! アンタが勝手にキスしてきただけだし!!」


  俺が必死で否定すると、ララは無表情になった。


  「マミちゃん、私の事好きになってくれる?」


  「え? いや、その……」


  ララの目が光る。彼女の大き過ぎる目がますます見開かれた。

  ヤンデレってやつだ。

  彼女は今まで会ったどんな悪魔よりも怖かった。


  「私のものになってくれないなら、私、貴女の事殺しちゃうかも……。私のものにならないくらいなら、いっそ死んで……?」

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