第72話 神へのいざない

 


  「紗里子!」


  「紗里子おお!!」


  「お父さん……? お母さん……?」


  元の姿に戻った紗里子に泣きながら抱きつく高田とサリエル。

  13年ぶりの親子の再会といった所だ。



  だが俺は13年ぶりにやらなければならない事があった。


  「高田あああああ!!」


  驚いてこちらを振り向いた高田に、身長150センチにも満たない少女の俺が、180センチ以上はあるモデル体型の高田に拳でパンチをお見舞いしてやった。


  ドゴッッ! ドゴッッ!!


  思い切りジャンプして両の頬を非力だが持てる力をフルに使って殴ってやった。


  何故そんな事をいきなりしたのか自分でも判然としなかった。

 

  ただ、13年間の紗里子の苦しみとたったさっき起こった心臓の破裂、勝手に魔女と恋に落ちて勝手に娘を産ませたこの旧友の行いに対する『天罰』のつもりだったのかもしれない。


  高田はその辺を承知していたらしく、俺のパンチを食らっても文句一つ言わずただ黙っているだけだった。

  高田の『妻』であるサリエルもまた、その様子を見ても悲しげな表情をしていただけだった。


  「マミさん……。いえ、護さんには多大なご迷惑をかけただけでしたわね……。本当にごめんなさい……」


  「昂明、すまなかった……」


  「多大な迷惑? いや、紗里子を託してくれた事自体は迷惑なんかじゃない。とても幸せな13年間だったよ」


  俺はその辺は否定しておく。

  だって、本当の事だったからだ。

  紗里子のおかげで普通の人間ではできない素晴らしい体験をさせて貰った。

  父性愛というのも芽生えたしな。


  「でも、高田、お前は許さんぞ」


  俺はもう一度ポカリと高田の頭を殴ってやった。


 

  「で、どうするんだ。昂明マミ、お前は人間界の『神』になるのか?」



  上空から声が響いた。ルシフェルだった。

  俺はブンブンと首を振った。


  「『神』だって? 冗談じゃない。そんな面倒くせえものになるかよ。魔法少女やってる今だって大変な思いをしているのにこれ以上人間を支配する事なんてできるかっての」


  「そうか。お前は神になるのに充分な素質を備えていると思ったがな。先程の『呪文』もなかなか見事に完成されていた。あれは神ゼウスや私のチカラをきっかけにはしていたが、普通の人間の出来る事じゃない。やはり『男体』が魔法少女をやると、不思議なチカラが起きるな。この私のように」


  天界に帰る事が決まったルシフェルは上機嫌に見えた。


  ルシフェルが天界に帰る事が決まり、ルシフェルの娘、孫娘であるアラディアやレイもそれに伴い天界に道連れになる。


  そこで重要人物……というか、重要魔女になるのは紗里子の母親であるサリエルだ。

  サリエルは言う。


  「ルシフェル様、私にこの魔女の世界の統治を任せて頂ければ、ずっと平和な世界を築く事をお約束致します。なにとぞ……」


  何度も言うがルシフェルはサリエルに惚れていた。人間の男である高田の子どもを産んだ事で嫉妬したせいで紗里子があんな目に遭った。

  それでも魔女の世界を見捨てられないサリエルは凄い根性と言わざるを得なかった。


  ルシフェルは一瞬悲しげな表情を見せ、ただコクリと頷くだけだった。


  「サリエル、愛していた……。お前には悪い事をしたな」


  「いいえ、ルシフェル様。言い付けに背いて、何と申し上げたらいいのか分かりません。ですがこの平和な魔女達が暮らす平和な世界を守りたいのです」


  サリエルは高田の腕に手を伸ばした。


  「……この人と共に……」


  っておいおい、高田は魔女の世界で暮らすのかよ。

  俺は高田に耳打ちした。


  「……お前、魔女の世界で暮らすのか? ただの人間なのに?」


  高田は真摯な表情をして答えた。


  「そのつもりだ。サリエルが女王だからといって俺が王になる訳でもあるまいが、寿命が来るまで彼女と添い遂げるつもりだ」


  ーー寿命ーー。


  高田の姿は大学生当時のままだったが、それは紗里子の内部にいたからだ。まあそれでもサリエルが不老長寿の魔法でもかけるのだろうが……。



  「そうか。愛する、いや愛したサリエルよ、達者でな」


  こうしてルシフェルは娘や孫娘であるアラディアとレイを引き連れ、ゼウスやイリン、クアちゃんと共に天界に帰っていった。


  「レイ! アラディア様!!」

 

  お別れの言葉もハグもなく、天界に行ってしまうレイやアラディアに紗里子や生き返った魔女達が叫ぶ。



  ーーそして俺のリリィ・ロッドも俺の手を離れ、ルシフェルと一緒に上空へと舞い上がっていった。



  ……ん? リリィ・ロッド?

  リリィ・ロッドと言えば、俺が魔法少女になってしまった元凶だ。

  それが無くなるという事は……。



  「パパ! パパ!!」



  すっかり元気になった紗里子が俺の方をガン見して嬉しげに絶叫していた。

 

  その視線は……。

  それまでの同じ身長の女の子を見る視線ではなく、上方を見上げる視線となっていた。


  「……ん? あれ……?」


  それまでのソプラノじゃない。端的に言うと俺はいきなり男に戻っていたのだった。

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