第62話 シグナル〜悪魔の数は増え過ぎた


  「マミちゃんが旅行を止めるなら、私も止めておこうかなあ。だって大好きなマミちゃんがいないんじゃ味気ないものお!」


  魔法少女に変身したルシフェルがこんなふざけた事を言った。

  これはつまり、俺と「サシで話がしたい」という事だと察した。


  それならそれで俺が1人でいる所に来ればよかったのに、わざわざ高田と関係ある場所に偶然を装って来る所が陰湿だ。

  さすが悪魔。これで天界に帰りたいのだというのだからお笑いぐさだった。


  「紗里子、サマンサとキーキを連れてレイの家に帰るんだ。俺はこいつと話がある」


  真面目に言う俺に何か只事ならないものを察したらしい紗里子は、素直にうなづいた。


  「あの、あの。どうしてマミは『俺』なんて言うんですの?」


  と言うサマンサに、紗里子は


  「実はマミはボーイッシュな俺っ娘なの」


  等と話を合わせてくれながら。


  「お、おれっこ?」


  サマンサは、意味が分からないといった顔をしたが、しかしキーキは何事かを勘付いたようだった。勘付かれようとどうしようとその時の俺には関係なかったが。



  3人が帰っていくと、後はもう俺とルシフェルの『言い合い』が始まった。


  「おい、てめえ何しにここに来た」


  凄んでみせる俺を無視するように、ルシフェルは懐かしそうに神社を見上げた。


  「これは、あの人間の男がサリエルの魔法を使って建てた物だな。サリエルは人間界の建築物にも通じていた」


  それからヤツはフッと笑い、


  「これは、人間界に忍びで行ったサリエルが気に入ったものだったんだ。タカダは喜んでデザインしていたな。あの頃から奴はサリエルに恋していたんだ」


  俺は、喧嘩は後にして一応聞いてみた。


  「高田は魔女の世界にどうやって来たんだ?」


  ルシフェルはその美しすぎる不気味な顔を崩す事なく答えた。


  「次元の裂け目だ。マミ、お前も知っている事だろうが魔女の世界に迷い込んだ人間は多くいる。だが大抵はさっさと追い返すのだが」


  「高田は『サリエル』に見つかったと?」


  「そういう事だ」


  高田は女と見間違われるような……とまではいかないが、整って穏やかな顔をした男だった。


  おまけにちょっとの事では物怖じしない性格で、どこかのほほんとした雰囲気を醸し出していた。しかし頭は切れる方だ。女にも優しかった。


  悪魔にはいないタイプであろう人間の魅力をサリエルが愛してしまったといった所だろう。


  「サリエルは美しく強く純粋な女だった。俺はそんなサリエルを愛していたし、サリエルもまたそれを受け入れるだろうと思っていた。だがサリエルには私に惹かれるような名誉欲は無かった。生意気な女だ」


  ルシフェルはポツポツと語った。まさか俺の同情を引きたかった訳ではなかったろうが、俺はその告白に少しだけ心が揺らいだ。

 

  しかし、ルシフェルが次に言った言葉は俺を怒らせるに十分なセリフだった。


  「私はやはりもう一度サリエルに会いたい」


  ……つまり?



  「サリコの心臓を破らせてもらう。タカダまで出てくるのは許せんがな」


  「……てめえ」


  俺はコイツを何としても殺さなければいけないと思った。

  今、コイツは『紗里子の命を奪う』という意味と同じ事を言ったのだ、と、その時の俺は思ったのだった。


  しかし、そもそも俺の『魔法』はコイツの加護の元に発揮される、言わば『借り物』だ。


  ルシフェルがいなければ何も出来ない、そんな存在なのだ。ルシフェルを殺す事も出来るわけがない。それに俺は歯噛みした。


  「お前は紗里子の命を奪う気は無いんじゃなかったのか!?」


  「無い。アレはなかなか良い娘だ。さすがサリエルの娘だ」


  ルシフェルはそれでも続けた。


  「私はいずれ天界に帰る。神ゼウスもそれを認めてくださった。だがサリエルを復活させるまでは悪魔のままでいようと思う」


  神社の鐘が強い風でカランと鳴った。


  「今や悪魔や魔女は増え過ぎた。私以外の全員を天使にさせる事もできない。魔女の世界や悪魔の世界ーーお前達は『地獄』と呼んでいるなーーは必要だ、サリエルの元に」


  俺は神社の階段を思い切り蹴飛ばした。

  罰当たりな行為ではあったが、元は高田の作った『神』の住まわない建物だ。構うまい。


  「それで、紗里子の心臓が破れた後はどうなるって言うんだ!? お前に生き返らせる事が出来るってのかよ!?」


  「紗里子を生き返らせるのは、お前の役目だ」


  なんだって……?


  「お前は、万能の神ゼウスの加護も受けているようだからな。人間界の『神社』でも出会ったんだろう?」


  ルシフェルは神と通じていたようだった。

  確かに俺は、ゼウスから『神の視点』を貰った。


  「それにお前達のしてきた『虫退治』、あれの結果がサリコの命を救うかもしれない。後はお前次第だ」


  そう言い残してルシフェルは悪魔の世界、つまり地獄に帰って行った。


  ーー俺が、俺のチカラで、紗里子を生き返らせるだって?



  紗里子の心臓が破れるのはいつだ。俺は急いでレイの屋敷に戻った。


  それにしても、いつか猫のルナから聞いた『大魔女であるサリエルを殺して上位に行きたがっている悪魔』の存在が気になった。


  紗里子を『殺す』実行犯は本当にルシフェルの野郎なのか、それとも違うヤツなのか。

  俺は考えていた。

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