第54話 喧嘩する兄妹
正月三が日だという事も気にせず、リリィ・ロッドは俺達を呼び付ける。今度は何だ。
行った先は、兄妹喧嘩の真っ最中。
しかも兄の方は父親が飲んでいたのであろうビール瓶を手にし、妹の方はカッターナイフを握っていた。
穏やかではない。
「/#3〒々◾️*@&!!」
「p☆%>÷▽/8,!!」
「お兄ちゃんが私の焼き芋食べたから!! 貴重な食料なのに!!」
「お前、この前俺の水飲んだだろ!!」
いつもなら下らない案件として片付けられるような理由だ。だが、この言語が乱れて水や食料が手に入れづらくなった世界では洒落にならない事態なのだろう。
「まあまあ2人とも、水や食料は俺達が分けてあげるから、喧嘩はよせ」
俺が悠々と止めに入ると、兄妹は驚いた様子で俺と紗里子を凝視した。
例によって、「自分達の言葉が分かるのか」といった様子であった。
「お前達どこから入ってきた? 何で俺の言葉が分かるんだ」
兄の方が喧嘩越しで俺達を睨む。右手で、自身の妹を庇うようにして。
兄妹の年齢は14〜16歳といった所だった。部屋の中は世界の混乱に影響されたらしく荒れに荒れて……という事もなく、案外きちんと片付けられていた。きっと几帳面なんだろう。
「まあ、何で言葉が分かるのかはどうでもいいじゃないか。ほら、りんごだ。食べるか?」
2人は紅く美味そうなりんごを前にして理性を忘れ、引っ手繰るようにして貪り食べた。
「……ありがとう」
妹の方が俺達に礼を言い、「お腹が空いていておかしくなってたの」と弁解した。
兄の方はまーだ俺達に敵意を送っている。
ーーさて、俺達がここに呼ばれた理由は分かっている。
『虫』だ。
見た所、兄貴の方にその様子が見られる。しかしビール瓶を持っていたとは言え妹を咄嗟に庇ったのは偉い。
彩葉(いろは)と名乗った妹は言う。
「お兄ちゃんには私の言葉が分からないから言うけど、ここ2〜3日お兄ちゃんの様子がおかしいんだ……」
「どうおかしいんだ?」
俺達は『虫』駆除の前に聞いてみる事にした。
「つい最近までは、とっても優しいお兄ちゃんだったの。私大好きだった。でも言語が分からなくなって……食料の事もそうだけど、急に暴力的になったの」
それでも、妹を『得体の知れない』俺達から庇おうとしたのは理性が残っている証拠だな。
とにかく『虫』を駆除しよう。
「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ!」
兄の一ニ三(ひふみ)は苦しむ事なくゲロリと虫を吐いた。
「キャア!!」
と悲鳴をあげる彩葉。しかし『虫』は間もなくシュワッと音を立てて消えていった。
「今のは……何なの? 貴女達って……」
「最もな質問だけど、今の事はヒミツにしててね」
俺は彩葉にウインクした。
途端に嫉妬して機嫌が悪くなる紗里子。
俺はそんな紗里子を見て見ぬふりをし、兄の一ニ三に聞いてみた。
「一ニ三くん、最近何か気持ちに変化はなかった?」
この言葉は妹の彩葉には伝わっていない。
一二三は何だか分からない、という表情を浮かべて頭を抱えた。
「……特に無いって言えば嘘になるな。最近俺、彼女ができたんだ。今の状態では会えないし連絡も取れないけどな」
……ガキの癖に彼女だと? 生意気な。
「それからかな。妹が俺にツンケンするようになって、意味が分からなかった。俺はそんな妹が別の生物みたいに感じられて、イライラしていた」
なるほど。ブラコンというやつか。
しかし兄の一二三にはそれが分からなくて、悩んでいたと。
俺はその事を妹の彩葉に伝えた。
彩葉は頰を赤く染めて、まくし立てた。
「べ、別に、お兄ちゃんに彼女ができたからって私には関係ないし。そ、そんな事で悩んでたの? バッカみたい!! 私はいつも通りだよ、お兄ちゃんの気のせいだよ、絶対!!」
俺は質問した。
「今の言葉、兄さんに翻訳してもいいか?」
彩葉はますます紅くなる。
「べ、別に……! 言ったって何も変わるわけじゃないし、いいんじゃないの!?」
俺は肩をすくめた。
「そうか、じゃあ翻訳するな。おい兄さん、妹さんが言うにはだな……」
「ちょ、ちょっと待って!!」
彩葉が急に止めに入った。
「待って、本当の事言うね……。私、お兄ちゃんが彼女さんに取られたみたいですっごく悲しかった。いつも一緒にいたのに……買い物とかだって、2人で出掛けていたのに……。それが、最近お兄ちゃん、クリスマスの時とかもイブの日に彼女さんと会ってたりして……。だから私、冷たくなってたかもしれない……」
彩葉が長々と話した。
そして最後にはこの言葉で締めくくった。
「変な態度とってごめんね、お兄ちゃん……」
俺はその言葉を兄さんに訳した。
兄さんは惚けた顔をし、口元に手を添えて何事かを考えているようだった。
そして、やっと口に出した。
「彼女は他人だけど、彩葉は血の繋がった兄妹だろ。血が繋がっていれば大抵の事は理解し合える。でも彼女は他人だ、他人だからこそ大事にしなくちゃいけないんだ。彩葉はかしこいから分かってくれるだろ?」
それを彩葉に訳すと、彼女は失恋した女の子みたいな顔をして、
「お兄ちゃんの馬鹿!!」
と叫んだ。それを一二三に訳す。一二三はやはり理解出来ないといった表情で顔をポリポリ掻いていた。
「私、彩葉さんの気持ち分かる気がする」
次の現場に行くまで、紗里子はそう話した。
「だってパパに恋人や奥さんができたら、私絶対イヤだもん」
「そうか……安心しろよ、当分紗里子と2人だから」
俺が宥めると、紗里子は言った。
「『当分』じゃなくて、『ずっと』がいいな! 私パパのお嫁さんになるんだもん!!」
まだその夢を諦めてなかったか……。
俺は嬉しさ半分、戸惑い半分だった。
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