第49話 魔法少女? ルシフェル
紗里子とルシフェルが待っていたその場所は、とある総合病院。
病院独特の、薬だか人の病んだ呼気だか分からない独特の匂いが鼻につく。
成る程、言語が通じなくてこんなにも困る現場はあるまい。
驚いたのは、ルシフェルーー白井美砂が魔法少女らしき姿をしていた事だった。
ヤツは白いゴスロリを着て俺や紗里子のものとはまた違うデザインのリリィ・ロッドを持っていた。頭にはヘッド・ドレスというやつをつけていた。
俺はルシフェルのそんな浮かれた格好に呆れた。人間にとってこんな大事な場所で……と、怒りを覚えたと言ってもいい。
「あのね、私もすっごく驚いたんだけど、美砂ちゃんも私達と同じ『魔法少女』だったんだって……。それで、偶然同じ事件現場に呼ばれたの」
紗里子は説明した。
「そうなの。仲のいいお友達が同じ仲間だったなんて、とっても嬉しくて。やっぱり、同じ使命を持った者は同じ使命を持った者同士惹かれあっちゃったりするんだね!」
ルシフェルが紗里子に抱きついた。
ムカついた俺はそれを見て2人を力づくで離れさせていた。大切な『娘』を悪魔なんかに触らせてたまるものか。
「パ……マミ?」
俺の意外な行動に紗里子が驚く。
「……そんな事より、この病院内での『事件』は解決したのか?」
「え、え……うん。私が来る前にね、美砂ちゃんが殆ど終わらせちゃってた……」
俺は基本的に、少女の姿になって以来知らない人物には女言葉を使うように心がけていた。付き合いの長い(といっても数ヶ月だが)百の前にでもそうだった。
しかしこの時、『紗里子の友達』の前では初めて男言葉を使った。その事に紗里子は戸惑っていたようだった。
「あ、あのね。美砂ちゃんは凄いんだよ。魔法のチカラが私達よりもすっごく強くって、この大きな病院全部に言語魔法をかけたの」
「へえ、そんなに凄いのか」
俺は感心したふりをした。
腐っても大悪魔だ。それくらい出来ないでどうする。
いや、こんな日本の一部の総合病院どころか世界中の言語を何とかするくらいのチカラはあるはずだった。
「じゃあ、これからは全部仕事は美砂ちゃんに頼んだらいいんじゃないのか?」
俺が皮肉を言ってやると、ルシフェルこと美砂はおかしそうにクスクス笑う。
「そんな! 私も1人じゃとても世界なんて回れないわよ。それに……」
ルシフェルのーー美砂の目が光る。
「こんな風に、『人間同士』がチカラを合わせて世界中の人を助けるからこそ、意味があるんじゃないかしら」
人間が人間を助けるーーそれは自浄作用というやつだ。
ルシフェルはその『自浄作用』にこだわっている節があった。
院内は言語が使えるようになって、安堵の空気に包まれていた。
いや、安堵どころじゃない。
医師や看護師は血眼で手術や診療の準備に取り掛かっているようだった。
「それにしても」
ルシフェルはおもむろに口を開いた。
「院内にも『虫』がいるようね。だからマミちゃんもリリィ・ロッドに連れて来られたんでしょう?」
ルシフェルは紗里子には見えないよう、冷たい目で俺を射抜いた。まるで『虫』の除去は俺専門と言いたげな目だった。ちくしょう。
「……そうだな。患者ならともかくとして、医師や看護師に『虫』を飲んだヤツがいたら事だ」
それだってルシフェル、お前が飲ませたんだろうに。
俺はリリィ・ロッドにその人物の所に連れて行くよう、呪文を唱えた。
「リリィ・ロッドよ、悪しき物を宿した人間の元へ!」
俺は紗里子とルシフェルも連れてテレポートした。
着いたそこは、新たな命の生まれる場所ーー。産婦人科の分娩室だった。
やっと言語が分かった医師や看護師達は、臨月の妊婦達を救う為に必死で、誰も俺達の存在に気付かなかった。
だが、その中でも『虫』を飲み込んだヤツは例のドロンとした目付きですぐ分かった。
タチの悪い事に……それは執刀医だった。
「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ!」
俺が呪文を唱えると、その執刀医は『虫』をゲロリとマスクの中から床に吐き出し、そのまましばらく呆然としたように下を向くと、また執刀にかかった。
看護師達はその様子を目の当たりにして目を丸くしていたが、錯覚だと思ったのだろう、すぐにまた出産の手術に没頭した。
「マミ、あのお医者さんはどういう思いで『虫』を飲み込んでいたんだろうね」
病院のロビーに座ってココアを飲んでいた紗里子が見当もつかないといった様子でポツリと呟いた。
『虫』を吐き出させてからすぐに分娩室を後にしたから俺にも分からなかった。
「さて、な」
「そうね。赤ちゃんを殺してみたかったんじゃないかしら」
「!?」
ルシフェルが、人間には思いもつかないような残酷な『理由』を述べた。
「毎日毎日赤ちゃんと顔を突き合わせていたら、そんな『いたずら心』が起こっちゃたりして……なーんてね!」
ルシフェルは缶ココアをグビリと飲み、それからゴホッゴホッとむせてみせた。
勿論それも紗里子を引きつける為の演技だ。紗里子は相変わらず「大丈夫!?」とその『ドジっ娘転校生』に加えて『魔法少女仲間』となったルシフェルを心配していた。
「……じゃあ美砂ちゃんは病院という病院を片っ端から回ってみた方がいいな? せっかく言語を戻す強いチカラがあるんだから、重要な事は任せたらいい」
俺が割って入ると、ルシフェルは笑った。
「そうだね! でも、さっきも言ったけど、行く時は紗里子ちゃんやマミちゃんと一緒がいいな!」
ルシフェルはまたもや紗里子に抱き付く。それをまたもや離れさせる俺と、不思議そうにする紗里子。
どうしても『人間』の問題は『人間』で解決させたいようであった。
それにしても、ルシフェルは何故そんなにも紗里子の気を引こうとするのか……。
よく考えてみれば簡単な理由だった。
コイツはまだ紗里子の母親、サリエルの事をーー懸想していたのだった。
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