第38話 老人&若者

 


  その時期、パトロール先の現場がおかしかった。

 

  リリィ・ロッドに連れて行かれた先は、ことごとく老人が若者に襲われそうになっていたという現場だったのである。

  おじいさんおばあさんが、ひいひいと声をあげて這々の体で助けを呼ぶ。


  俺と紗里子はその度に加害者の若者に『虫』を吐き出させるのだが、老人への憎しみは治らないといった様子だった。



  「ふーん。俺、その若者達の気持ちが分からんでもないな」


  遠山良が喫茶店のソファに踏ん反り返りながら言った。

  コイツは俺と紗里子が魔法少女である事を知る唯一の人間であった。


  「分からんでもないっていうのはどういう事だよ」


  少女の姿の俺がおっさんである遠山に男言葉でタメ口をきくのは周りから見たら不思議な光景であったに違いなかった。


  遠山は言う。


  「いや、俺さ。両親の家で60歳以上向けの雑誌を読んでたんだけど、私達は若者より年金を多くもらえます!自由に使っていきましょう!イエイ!って書いてあってなんだろうな、と思っちゃって」


  「ほう。イエイ! か」


  俺はもっともらしくうなづく。


  「俺達若者……って年でもないが、まあ働き盛りの年代がさ、一生懸命税金を納める訳。でも将来貰える年金は雀の涙だ。そういうの聞いてから、『イエイ!』とか言われたら腹立つだろ? 」


  まあそうかもしれないけど。

  遠山の愚痴は止まらない。


  「性欲も枯れてるはずの老人が年金でキャバクラのおねえちゃん買ってるのも腹立つしさ」


  「……あー……」


  「最近、テレビも老人向けの医療番組が多くてつまらないだろ? そんでいつもはプライムビデオ観てるんだけど、その日はU局の番組観てたの。酷いもんだったぜ」


  一応、どう酷かったんだよと聞いてみた俺。


  「70代のババアが自分の肌のハリが気になるとかで、低分子コラーゲンで若さを取り戻す!! ハッピー!! とかやってんの。70代だぜ? 70代のババアが本気で10代20代の子と張り合ってんの。生理あがったババアの外見がちょっとだけ若返ったところで誰が得すんだよー? その金寄付にでも回せや」


  俺は慌てた。喫茶店の隣りのテーブルに座っていたのがそれこそ60〜70代の着飾ったババ……お姉様達だったからである。彼女らは明らかに聞き耳を立てていた。顔をしかめながら。

  俺は前のめりになって遠山に耳打ちした。


  「あのな、魔法少女として色んな現場に行ってる俺だから何となく分かるけど、まだ女を捨て切れてないババ……女性達っておっそろしいんだぜ。女捨ててない割にはなぜか上から目線だし。それこそ中身は魔女に近いぞ。敵に回しちゃいかん。面倒くさいぞ」


  「別に構わんだろ」


  遠山は意に介していなかった。


  「いきいき健康は結構な事だがな。コラーゲンだのキャバクラだので使う金があったら孫に車の一台でも買ってやれよ。今若いヤツらの車離れが凄いんだぜ」


  社会派かよ。

  俺は何とかしてペラペラ喋る遠山の口を塞ごうと努力した。


  「そんな事言ったって、老人は老人でも自分の肉親が死んだら悲しいだろ?」


  「まあな。でもその他のジジババは癌だと思ってるよ。海外旅行で金使うんだったら国内に金落とせよ」


  俺はため息をついた。勝手な言い草だ。コーヒーをひとすすりしてから遠山に注意する。


  「お前な……。ほんっともう、色んな所に喧嘩売るのはやめろよ。敵作ったって良い事一つもないぜ」


  「昂明は良い子ちゃんだな。女の子の姿になって柔らかくなったか」


  テーブルの向こう側から手を伸ばし、俺の頭をナデナデする遠山。やめろ馬鹿。気色悪い。

  俺は遠山の手を振り払った。


  しかし、それにしても、遠山は流行に鋭かった。ファッション、ゲーム、小説や漫画やアニメ、社会情勢に至るまで色んな所にアンテナを張っていた。正直画家らしくないとも言える。


  遠山の考えていた事が世間の『若者』のマジョリティである可能性もなくはなかった。

  この考え方が『若者』の間でくすぶっているとしたら、今後ますます老人を狙った犯行が増す事だろうと俺は思った。


  「まあ、そろそろ出ようか」


  隣りのお姉様方の視線を避けるようにしながら席を立ち、会計は遠山が済ませてくれた。

  中学生くらいの女の子である俺に払わせるのは遠山としても格好がつかない所だった。俺は遠慮なく甘えた。


  「じゃあ、またな。お客さんのお相手、悪いけどまた頼む」


  その日は仕事の話で待ち合わせをしていたのだった。


  ーーと。


  「リリィ・ロッド……!」


  また誰かがSOSを呼んでいる。今回も老人からだろうか?


  「お、また魔法少女ってやつになるのか」


  記憶は消されるとはいえ、遠山は慣れたものだった。


  キラキラとした光に包まれて裸になり、やがて魔法少女に変身した俺の姿を遠山が感心した顔で見つめている。

  周りの通行人の方は腰を抜かさんばかりに驚いていたが。


  「こんな綺麗な物が見る度に記憶消されるなんて、勿体無いな。まあ新鮮さは保たれるけど」


  俺は一計を案じた。


  「おい遠山、いい機会だからお前も現場まで付いて来い」


  「はあ!? 危険なシーンに出くわすんだろ!?」


  「まあ、人生変わるかもしれんぞ。記憶は消されるけど」


  俺は非常に気持ち悪い事に、遠山の腰に手を回して現場までテレポートした。遠山は「うわ!? 何これ目が回る!!」と叫びながら俺にしがみ付いてくる。気持ち悪い。



  果たして、着いた現場は丁度いい事に(?)老人が『若者』に金を出すよう脅されている所だった。


  ーーしかし。


  「中村……?」


  遠山が、その『若者』に話し掛けた。

  『中村』と呼ばれた青年は、遠山の顔を見て口をあんぐり開けた。


  「と、遠山先生……!」


  なんだ? 知り合いなのか?

  俺は2人の顔に視線を走らせた。

  その間に、女性の老人は逃げ出そうとしていた。


  「待てコラ、ババア!!」


  中村はその老人に向かって叫び、マウントを取った。




※今回は「たまにはこういう話も書いたら」という家族の意見を取り入れてみました。

遠山の言っている事はほぼ100%筆者の「周りの人」が言った事です。筆者の心情とは関係ございませんよ(笑)

ちなみに家族には読ませてはいませんです、はい。

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