第6話 陸野百

 


  「リリイ・ロッド!!」


  紗里子がいつもやるように、俺は魔法少女に変身する為のアイテムを異世界から召喚させようとした。

  紗里子がいなくても変身は出来るかどうか、一か八かの賭けだ。


  「お前、何叫んでんだよ!? ってうわあ、何裸になってんの!? って、うわあ!!」


  遠山、うるさい。

  でも無事魔法少女にはなれたようだ。


  俺の身体はゴスロリ風のピンクの衣装に包まれ、胸元には例によって五芒星が光っている。

  肌も人間離れした光を放っている事だろう。

  しかしこの後で何をすればいいのだろうか。

  この前は呪文が勝手に口をついて出てきたけど。


  何にしても、この陸野百(りくのもも)という少女を助けなければいけない。虫に身体や脳を支配される前に。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス……!..........」


  「あ、紗里子」


  さすが我が『娘』、父親のピンチの時に必ず来てくれる。


  「紗里子ちゃんまで何やってんの!? あ、もしかしてそれが魔法少女ってやつ!?」


  遠山、うるさい。


  紗里子が唱えているのは、どうやら活性魔法の呪文らしい。

  以前その筋の人の車にぶつかってピンチに陥っていた時に、同じ呪文を唱えて助けてくれた。



  しかし……。

  どうやら俺はリリイ・ロッドの本来の持ち主である紗里子がいなければ力を発揮出来ないらしい。

  これじゃあ……これじゃあ単なるコスプレ少女じゃないかっ。


  「許せない……!! 海野百(うみのもも)……!! お父様とお母様を独り占めにして……!! 絶対に殺してやるわっ!!」


  紗里子の唱えた呪文によって陸野百が苦しみ出した。

  うみのもも、とは一体誰の事なのか。


  「私だって……私だって、海野家の子だったのにい!!」


  何だか複雑な家庭環境のようだ。


  「おい、この子大丈夫なのか」


  遠山が心配そうに覗き込む。確かに、けんれいもんいんさんと違って身体の大きくはない陸野百はこのまま死んでしまいそうな体をなしていた。


  「パパ、呪文を!!」


  そんな事言ったって。

  俺の口からは、何も……。


  「カモロルアリ アドセナノルム マクチロル タモン!」


  ……出て来た。

  俺の口から、呪文のような言葉がまたもや滑り出して来た。


  「アードナル ハーレイト!!」


  どうやらこの呪文は魔物に取り憑かれた人間の苦しみを和らげる効果があるらしい。

  何かを吐き出したそうにしている陸野百の口から、例の蛭のようなグロテスクな虫が飛び出し、そのまま煙を上げて消滅した。


  「消えたわ……。さすがパパ!!」


  紗里子が目を潤ませて絶賛する。


  「え、何何? 今なにやったの?」


  遠山、うるさい。



  「百ちゃん、大丈夫か!?」


  俺は魔法少女の変身を解いて陸野百に駆け寄った。


  陸野百は、薄目で俺の顔を見つめ、


  「私、何を……『海野百』の事を、口走ってませんでした?」

 

  そう言って起き上がろうとした。


  「……あんまり動かない方がいい」


  俺は自分が少女の姿である事を忘れ、つい大人の口調で陸野百を宥めた。


  「私、私……『海野百』とは双子だったんです。双子なのに、下の名前も同じ。『海野百』は私の双子の妹。赤ちゃんの時に、私は本家から分家に引き取られて、お父様とお母様から引き離されたんです」


  陸野百はうわ言のように呟く。


  「……貯金はあるけど、私には『帰る場所』が無い」


  そう言って、陸野百は気を失ってしまった。




  「……だからって、どうしてパパと私の家に彼女を住まわせなきゃいけないの」


  ソファの上に休ませている陸野百を見やって、紗里子が不満げに言う。


  「住まわせるんじゃないよ。ただ身体が回復するまで休ませるんだ」


  「それじゃあ、活性魔法を使えばいいんだわ!! エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス……!」


  いつの間にか魔法少女に変身した紗里子が、陸野百を追い出すべく回復の呪文を唱え始めた。


  「……続けなさい」


  体力を回復させるのは決して間違いではない。

  死んだように眠っていた陸野百がパチリと目を覚ました。


  「ここは……?」


  「俺……じゃない、私達の家。画展で急に倒れたから、ここで休んで貰おうとしてたのよ」


  女言葉が上手くなったなあ、俺。スキルとしてはあんまり嬉しくないが。


  「……私の家庭環境、聞いたんでしょ? 出来れば、私を暫くの間ここに居させてくれないかしら……」


  陸野百がしおらし気に頼んできた。


  「ええ!! 何言っちゃってんのこの子!?」


  俺との2人っきりの生活を望んでやまない紗里子が絶叫する。


  「駄目に決まってるじゃない!!」


  「まあまあ紗里子、この陸野百という子はなかなか役に立ちそうですニャー。しばらく置いてみてあげるのも悪くない事ですニャー」


  「あら、フカフカ」


  陸野百は、人語を話す猫のルナに何故か最初から慣れた。

  家庭環境の事で頭が沸騰しそうだったのだろう、癒してくれる物なら喋る猫でも良しといった感じか。


  また、ちょっとやそっとの事では動じない図々しさもあるようだった。

  喋る猫ルナを膝に乗っけてご満悦の様子であった。


  陸野百は、「介抱してくれてありがとう」と言って俺の頰にキスをした。

  その目は、拾い上げてくれた人間に対するペットショップの犬のように潤んでいた。


  しかしいきなりキスをされた俺は気が動転した。

  あれ? 今俺って女の子の姿だよね? まさかの百合展開か? 紗里子が凄い目で見てる。


  それから、魔法少女のままの紗里子に向かってはこう言い放った。


  「あなたが、あの個展に飾られていた絵のモデルね。羨ましいわ。私もあなたのお父様に描いて貰いたいわ」


  羨ましいと言われた紗里子はちょっと顔を赤らめ、


  「元気になるまでだからね。それと、お家にはちゃんと断わりの連絡を入れておく事!! 私と同じでまだ中学生でしょ?」


  そう言って自室へ篭ってしまった……。


  しかしこの陸野百という少女、第一印象と比べてとんだ跳ねっ返りというか、空気を読めない子だったんだ。

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