第43話 壊れた言語

 


  百は一生懸命何かを伝えようとしていた。それだけは分かった。


  しかしおかしな『言葉』で返答した百に、紗里子は戸惑った。


  「えーと、百、それは何語? いつの間に外国語を勉強してたの?」


  すると百は自分でも訳がわからない、紗里子の言っている言葉の意味も分からないという表情をして、また先程のような言葉で返してきた。


  「♯◯//!▶︎♩□a@.▽『』◆、>÷〜€*°+:7|→☆!」


  「人間界に混乱が起きる」。俺は急いでテレビをつけた。

  だが、真っ黒い画面が映し出されるだけ。

  ラジオを付けてみた。

  ザーザーと雑音が流れるだけ。

  スマホでネットを繋いでみた。

  文字化けしていた。


  言葉という言葉が狂っていた。

 

  さっきルシフェルが言った、「今日から混乱が始まる」というセリフを思い出したが、まさかそんな突拍子もない形でそれが実現するとは予想も出来ない事だった。

  てっきり、『虫』が氾濫するものだとばかり思っていたのに。


  ただ一つ、その前までに出版された書物や新聞といった印刷物だけは『言葉』の形を留めていた。


  俺は、その辺に積まれていた書籍類の一番上にあった本をひっ掴み、百に見せた。


  「百、この本に書いている言葉の意味が分かる?」


  百は本を手に取り、ページを開いてみたが、


  「△●×☆◇g(,!!」


  と、例によって訳の分からない言葉を叫びながら本を思い切り床に打ち付けた。

  「何を書いているのか理解できない」という意味だろうか。


  つまり、これでは筆談も出来ないという事が分かった。


  テレビ画面が真っ暗なのは、テレビ局の人間がお互いの意思疎通が出来ずに放送が出来ないからという事だろう。電気だけはついているのが不思議なくらいだった。


  ラジオも同じ事だ。ネットの情報が文字化けしているのは、例え古い記事でも電気を使って情報を開示しているからだろう、と俺は思った。


  まさか、よりにもよって神の子であるイエスキリストの誕生日たるクリスマスに仕掛けてくるとはな。


  ただこの状態がルシフェルが仕組んだ事かどうかは分からなかった。

  「人間界に混乱が起こる」とは、ルシフェルやリリィ・ロッドも言っていた事だったが、「自分がそれを起こす」とは明言していなかったからな。


  「リリィ・ロッド!!」


  俺と紗里子は魔法少女に変身して、百との意思疎通を図ろうと考えた。言語魔法を使えば異世界の者や外国人とも会話が出来るという事は前に経験済みだ。


  ありがたい事に、果たしてそれは成功した。百は叫んだ。


  「マミ! 紗里子!! 貴女達のその服装は何!? ……いいえ、そんな事より、私言葉が分からなくなっちゃったの!! ねえ、聞こえてる!? 私の言葉が分かる!?」


  「百、落ち着いて」


  俺は発狂せんばかりの百を宥めた。


  「良かった、貴女達には通じるのね」


  百はやっと芯から安心したという顔を見せた。百は事情を話す。


  「さっきね、義母(ママ)にメリークリスマスの電話をかけたの。でも、ママの言う言葉の意味が分からなくて、それに私自身も自分で何を言っているのか分からなくて……!!」


  「それで、急いで降りてきたわけね。大丈夫よ、少なくとも私達だけは言葉が分かるから」


  問題は百だけではない。


  メディアの沈黙を見るに、多分世界中の言語が乱れているだろう事は想像に難くなかった。

  混乱している百を家に置き、俺と紗里子は外に出て、他の人達の様子を見る事にした。


  街はシーンとしている。人っ子1人いない。皆不安で仕方ないのだろう。

  ただ一つ、コンビニには律儀にも店員が出社していて、食料を求める人達で溢れかえっていた。


  成る程コンビニなら会話が無くとも営業は出来る。だが言葉を失った世界で金など何の意味があるだろう。店員はただ義侠心の為に店を開いていたのだろうか。


  カップラーメンやおにぎり、サンドウィッチ、スナック菓子などを陳列していたのであろう棚は空っぽのスカスカになっていた。


  どうせ狂った世界だ。

  俺と紗里子は、言語魔法が使える魔法少女のまま外に出ていた。


  そしてそのコンビニの店長であると思われる中年男性に話しかけてみた。


  「いつ頃からこんな風になっていましたか?」


  店長らしき男性は目を丸くし、やがて感動のあまり顔をクシャクシャにした。


  「き、君達、俺の言葉が分かるの!?」


  店長は男泣きに泣いていた。


  「ええ。私達だけには分かります。いつ頃からこんな風になってしまったんですか?」


  俺は再度店長に聞いた。

  店長は泣きながら答えた。


  「今日の未明くらいからかな……。恐らくは、『ホットコーヒーをください』と言ったんだろうお客さんの言葉が分からなくなったんだ。それが始まりだ。俺自身も自分が何を話しているのか分からなくて……」


  興奮しながら店長は続ける。


  「それ以来なんだ。それから、食料や飲み物を求めたお客さん達がうちの店に殺到したのは。店を閉めようかとも思ったけどいつも通り仕事していた方が頭がグチャグチャになるのを抑えられると思ってね」


  それを聞いて、紗里子が店長を感謝と共に慰める。


  「でも、おじ様が働いていてくれているおかげで助かってる人達が沢山いると思います」


  店長はまた泣いた。


  「でも、入荷する商品を載せたトラックが来ないんだ。これじゃいずれ破綻してしまう」


  確かにそれはそうだった。

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