第44話 男か? 女か?


  「これじゃいずれ破綻してしまう」


  それはコンビニの店長の問題だけではなかった。

  世界中の政治、経済、悪事、マスコミ、全ての分野で破綻してしまう危機にあった。


  俺は、この状態はどう考えても『バベルの塔』の話に似ているな、と思った。

  あの、神に近付こうとした人間に言語の混乱という罰を与えた神話。

  タロットカードでも最悪の意味をもたらす『塔』のカード。


  以前俺は魔女のサマンサに、


  「人間は魔法を使えない代わりに科学を発展させた」


  と、もっともらしく話した。ーー大都会の『高層ビル』で。

  その『科学』がそろそろ神の怒りに触れたのだろうか。

  しかしルシフェルはそれを他人事のように言った。

  この言語の混乱はルシフェルの言う『偉大な計画』とはまた違ったものなのだろうか。


  言われてみれば、ルシフェルが『虫』を放って、俺達のような魔法少女に退治させるのは結果的に人間界の平穏に繋がる。

  『神』が人間を滅ぼし、『魔王』たるルシフェルが人間界を救おうとしている?


  ……そんな馬鹿な。

  悪魔は人間を堕落させるものと相場は決まっている。

  しかしそうだとすれば、ルシフェルの手下たる魔法少女に正義の味方をやらせるのにはどういう意味があるんだ、と俺は悩んだ。


  「……今が冬休みで良かった。きっとこれから忙しくなるのよね、パパ?」


  俺と紗里子はクリスマスの日以来、魔法少女の姿を解かずにいた。どこで何があるか分からないからだ。それに、百との会話も普通の人間の姿では通じないから。

  百はすっかり怯えて、外に出ようとはしなかった。

 


  実際の話、この3〜4日間、リリィ・ロッドに『虫』退治ばかりさせられている。酷い時には1日10件。しかしそれでも足りないだろう。


  割愛するけども、各国の首脳の所に行ってお互いの国の意思疎通にチカラを貸した事もある。

  当たり前の事だが、お偉いさん達は俺達「子ども」の姿を見て驚いていた。だが「自分の言葉が通じる」という事が分かるとたとえ子どもでも重宝される。


  首脳達の願いは、とにかく分かりやすい新しい言語を作り出す事、絵や手話で互いの意思を伝える事を国民に促す事、そしてドサクサに紛れて他国に侵攻する国を出さない事、だった。


  実際の話、紗里子の冬休みが終わってもこの混乱が治るかどうか怪しい所だった。



  「だけど、一日中パパと一緒にいられるね」


  疲れた顔も見せずに笑顔でいる紗里子は、8年間も魔法少女として『正義の味方』をやっているベテランの面目躍如といった所だった。


  「ああ。だけど早い所何とかしなくちゃな」


  俺達の食事は魔女の世界から運べるとしても、普通の人間達はそうはいかない。

  魔女の世界からたっぷり輸入して炊き出しのような事を行ったが、それでは勿論足りない。


  ーーと、そこへ。


  「またリリィ・ロッドか。今度はどんな『虫』だ?」


  転移した先にいたのは、サラシを巻いてふんどしを締めた細身で筋肉質の男の子……。いや、わざわざサラシを巻いてるって事は女の子なのか?

  髪の毛はポニーテールに見える。最近長髪にしている男の子はいっぱいいるし、中性的な顔立ちをしているからますます分からない。


  その男? 女の子は俺達を見てあからさまに警戒の色を瞳に浮かべた。

  そりゃそうだろう。

  言語が無茶苦茶になって、食事もままならなくなった上にそんな世界にそぐわないゴスロリ少女達がテレポートしてきたのだから。


  「安心しろ、俺達は君の言葉が分かる。これ食べるか?」


  既に女言葉を捨てた状態の俺は彼? 彼女に遠慮なく話しかけ、魔女の世界から輸入してきたパンを差し出した。


  彼? 彼女はそれを奪い、貪るように食べた。人心地ついてから、彼? 彼女は問うた。


  「……アンタ達、おれの言葉が分かるのか?」


  安心のあまり泣き出しそうな顔をしている彼? 彼女を見届けて、さっさと『虫』の駆除をしようとリリィ・ロッドを振るって呪文をかけるが、彼? 彼女には効かない。


  この子の周りにいる誰かが『虫』の保持者なのだろうか。


  「おれ、粟田徳ノ進(あわたとくのしん)っていうんだ。アンタ達は?」


  徳ノ進、か。名前だけは男の子だな。偽名かもしれないけど。以前菜乃花という男の娘に付きまとわれた事があったが、あれともまた違うし。

  しかし性別を聞くのはデリケートな事のような気がしたので、あえてそこには触れなかった。


  「徳ノ進さん、あなたの周りで何か困った事があるんじゃない?」


  紗里子が聞いた。

  徳ノ進はまたもや泣きそうになりながら説明した。


  「おれ達、世界がこんな状態になるまでは年末のお祭りに向けて準備してたんだ。今年で100年目になるお祭りだから、皆張り切ってた。でも言葉が分からなくなって、親方達がおかしくなってしまったんだ」


  「おかしくなるって?」


  俺は徳ノ進の話に耳を傾けた。


  「自殺未遂しかけたり、女を手当たり次第犯そうとしたり。どうせ世界が終わるなら、って事だろうな。おれも昨夜犯されかけたけど、何とか自分の力で逃げ切ったよ」


  逆に、ますます男なのか女なのか分からなくなってきた。衆道ってのもあるからな。

  でも君のそのふんどしが親方連の理性を吹っ飛ばしてしまったんじゃないだろうか、と俺は思った。


  「とにかく、その親方連の所に連れて行っておくれよ」


  「ええっ、でも君達がどうにかできるような相手じゃないぜ。マッチョだしな」


  マッチョだろうと何だろうと呪文には叶うまい。俺達は徳ノ進の腰を抱いて親方連のいるであろう場所にテレポートする事にした。


  腰を触っても徳ノ進が男だか女だか分からなかった。

 

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