第26話 砂と魔女のサンドウィッチ

 


  サマンサが来てくれて以来、家中が嘘のようにピカピカになった。

  部屋も少し広くなったような気がした。


  「サマンサちゃん、本当に助かるわ。こんなに綺麗にしてくれて……。ありがとうね!」


  俺が礼を言うと、彼女は、


  「部屋をお貸し頂いてるんですから当然の事ですわ。それにこんな狭い家じゃ仕事のしがいがないくらい簡単ですし」


  と、これくらい出来て当たり前ですわという顔をした。

  別にそこまで狭い家(ちなみに一軒家だ)ではないと思ったが土地の広い『魔女の世界』と比べたらそう見えたんだろう。


  紗里子が口を出す。


  「でもサマンサ、お仕事ばっかりして肝心の留学の方はどうしてるの? 外に行ったっきり長い間帰って来ない事はあるけど……」


  「人間界のここら辺の人々を観察してるんですわ。ここの方々は、何だかのほほんとした人が多いようですのね」


  褒め言葉なのかけなしてるのか分からない。

  でもまあ、俺はせっかく来てくれたサマンサに『おもてなし』をしようと考えた。


  「今日はお掃除も仕事もお休みにして、サマンサちゃんに人間界の観光案内をしましょうか。色々な物を見て貰いたいし、食べて貰いたいわ」


  「観光案内……?」


  サマンサは不思議そうに言う。

  そして、


  「『魔女の世界』以上に素敵な所なんて無いと思いますけど」


  と、ツンッとし、


  「でも、せっかくだから案内して頂いてもいいわ。そうじゃないと人間界に来た甲斐がないですものね」


  と心持ちワクワクしているような気配を見せた。

  その様子を見て、ニッコリと微笑んで眼くばせする俺と紗里子。

  さて、まず最初にどこを案内しようか。



  人間界にあって魔女の世界に無い物。

  それは『都会』だ。


  紗里子も言っていたが、魔女の世界には『ビル』という物が無いらしい。

  魔女の世界は中世ヨーロッパ風の美しい建物があり人々はそこに住んでいるが、新宿駅に建ち並ぶ『デカイ箱』のような建物にサマンサは『蒼い目を白黒』させた。

  電車に乗っている時から白黒させてはいたが。


  「これが……人間界……? 随分人が多いし、これらの建物はなんですの……? サリコのご近所とは全然違いますわね……」


  「『ビル』っていう建物よ。あの中で、人間達が住んだり働いたりしているの」


  『ビル』に見惚れるような表情をしていたサマンサはハッと我に返り、


  「で、でも中は見た所仕切りがあって狭苦しいんじゃなくって? あれじゃあダンスパーティーも出来ないわ!」


  と反論する。

  まあ確かにダンスパーティーは出来ないだろうが。


  さて時間はもう昼を摂る頃だ。


  「サマンサちゃん、お腹空いてない? 良かったらそろそろお昼にしようか」


  俺はちょっとした悪戯を思い付いた。


  中に入ったのは、ビルはビルでも多少は小さいビル。これくらいの大きさの建物ならサマンサを怖気付かせずに済むだろう。


  「ここで、『サンドウィッチ』と特大メロンパフェを食べましょう」


  「『サンドウィッチ』は砂と『魔女』以外は何を挟んでも構わない」という洒落にかけたメニューのつもりだった。

  何だか外国人に納豆や梅干しを初めて食べさせてるような気分。

  いや、シー◯ェパードの面々に鯨の尾の身の刺身を食べさせてる、と言った方が適切か。


  普段は高くていつもという訳にはいかないがメロンパフェは紗里子も大好物とするところだった。


  「ローストビーフのサンドウィッチとメロンパフェを4つずつください」


  店員さんに注文する紗里子。キョロキョロと店内を観察するサマンサ。


  「やっぱり、狭いですわ……。それに、人間界の女の子って凄く地味なのね。黒や茶色の服ばかりで、個性という物が無いわ。魔法少女になったサリコはあんなに可愛いのに……」


  「ねえ、さっきから『人間界』『人間界』って言ってるようだけど、何?」


  サマンサが魔女だとは思ってもいない百が、我慢できないといったように質問を投げかけた。


  「あ……。『日本』って事よ。サマンサはまだ日本語が上手く使えなくって」


  紗里子が慌ててフォローにまわる。

  サマンサは、百の前ではイギリスから来た交換留学生という事になっていたのだ。

 


  「お待たせ致しました。ローストビーフのサンドウィッチとメロンパフェです」


  女性の店員さんが、まず『海外からのお客様』に見えるサマンサの前に料理を置いてくれた。これが日本式の『おもてなし』だ。


  「来た、来た! さ、サマンサちゃん、まず、この三角形のパンを食べてみて! 食べた事ないでしょ、とっても美味しいから!!」


  「『食べてみて』って……。イギリス人なんだからサンドウィッチなんて珍しくも何ともないに決まってるじゃないの」


  百がもっともなチャチャを入れるがそこは無視する事にした。

  一口、おそるおそるとサンドウィッチを齧るサマンサ。


  「……! ま、まあまあですわね……。お肉と、このソース? の味付けは悪くないですわ……。それに、このコンガリと焼けたパンも、丁度いいですわね……」


  遠い人間界においての名前の縁起が悪いからだろうか、魔女の世界にはサンドウィッチという食べ物が無いという事を俺は紗里子から事前に聞いて知っていたのだ。


  さあ次は、女の子なら誰でも喜ぶであろうメロンパフェだ。


  「じゃあ、次はそのメロンパフェを食べてみてちょうだい」


  サマンサは小さく細長いスプーンとフォークでメロンを齧り、


  「……甘くて美味しいですわ。でも、普通のメロンですわね。メロンくらい、魔女の世界にだってありますわ。むしろ魔女の世界のメロンの方が美味しいくらいですわ」


  と一蹴した。


  「じゃあ、今度はメロンに生クリームを乗せて食べてみてちょうだい」


  だんだんワクワクしてきた俺。

  素直に従うサマンサ。


  「!! こ、これは……!! メロンのジューシィさと、生クリームーー『生クリーム』と言うんですの?ーーのクリーミーさが合わさって、何とも言えない、舌の上が幸せに包まれて……!!」


  サマンサは夢中になってメロンパフェを食べ続け、美味しいですわ美味しいですわと言いながらとうとう誰よりも先に平らげてしまった。

  まるで飢えた子のようだった。


  「サマンサ、足りないんじゃない? 良かったら私のを食べる?」


  魔女の友達が喜んでくれて紗里子もホッとしていたようで、自分の分をサマンサに勧めた。サマンサは、


  「え! いいんですの!?」


  と、一瞬目を輝かせ、しかし


  「……いいえ、人様の物を横取りするなんて、レディの沽券に関わりますわ」


  と威厳ある魔女らしく紗里子の申し出を断わった。


  ……しかし、レディがどうとか言いつつ、俺達が食べているサンドウィッチとメロンパフェを羨ましげに見つめるサマンサ嬢。

  「あげようか?」と皆で言っても断固拒否、しかしチラチラ見るサマンサのせいで、食べづらい事この上なかった。


 

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