第25話 留学生魔女
部屋の中がそろそろ取っ散らかってきていた。と言っても邪魔に見えるその大半は美術書などの書籍類で。
俺にとっては大切な資料だし一冊でも捨てたり売ったりするのは躊躇われた。
かと言って本に押し潰されるのもゴメンだ。
よく見てみるとダイニングにもホコリが溜まっていた。
紗里子や百が掃除をしてくれているようだったが、それでは追っつかないらしかった。
「業者さんに頼んで、部屋の片付けでもしてもらおうかな」
俺が何気無く呟くと、紗里子の目が輝いた。まるでその言葉を待っていたかのようだった。
「それだったらね、私の『魔女』の友達にサマンサって子がいるの。部屋の掃除をする魔法が得意な子よ」
「ほう。魔女の子か」
『魔女』というのは俺や紗里子のように元々が人間の『魔法少女』とは違い、本当の『魔女』の血を引く少女の事だ。
紗里子は続ける。
「それでね、その子が人間界に『留学』したいって言ってるの。ウチに置いてあげちゃだめかなあ? とっても良い子なんだけど。お部屋の掃除もして貰おうよ」
紗里子はまた1人で魔女のいる異世界に遊びに行ったんだな。
「人間界に『留学』って、魔女の子がそんな事できるのか?」
「人間の姿に変わる事もできるよ。お掃除する時だけ魔女に戻ってもらって。ねえいいでしょう? お部屋も毎日綺麗になるよ」
まあつまり住処を提供する代わりに家政婦さんを雇うって事になるって訳だった。
「いいよ。その子を連れておいで」
「やったあ!」
紗里子はウキウキしていた。だがそのサマンサって子は、ちょっとクセのある子だったんだ。
「初めまして。私はサマンサと言います」
「あ、初めまして。私は昂明マミ。サリコの従姉妹です。こっちは百。居候です」
「居候って言葉はやめて!」
百が憤慨した。でも居候は居候だろう。
それにしても、サマンサと名乗ったその少女は一目で「ツンツンした子だな」という印象を受けた。
彼女は一見普通の人間の女の子に見える。
綺麗にカールされた(俺のとはまた違う)金髪のツインテールを揺らし、部屋の中を見回した。
「随分、長い間大掃除をしていないようなのですのね」
早速、サマンサは魔女の姿に戻り、先っちょに星の付いた杖を振って書斎の床に積んである大量の本類をバラバラと空中に浮かび上がらせた。
本はサマンサの魔法によって出来上がった『本棚』に収納され、書斎は見違えるようにスッキリした。
ちなみにその間、百は眠らせている。
「次はダイニングですね」
ここもまたサマンサの魔法により、部屋中のホコリが集まって球体の形を取り、七色の光となって消滅した。
「すっごい、サマンサ! スーパー家政婦さんだね!!」
喜びの声をあげる紗里子に、サマンサはちょっと顔を赤らめる。
俺には他人行儀だが、紗里子が「とってもいい子」と表現するだけの事はあって我が『娘』には心を開いているんだな。
すっかり綺麗になった部屋を見渡して、俺はサマンサに礼を述べた。
「サマンサちゃん、ありがとう。貴女って凄く優秀な魔女さんなのね」
するとサマンサはツン、とした感じでツインテールを揺らし、
「これくらいなら普通ですわ」
とまた顔を赤らめて言った。
……ん? これはもしかして……。『ツンデレ』ってやつか?
このサマンサのように一見ツンとした真面目そうな子はちょっと褒めるとデレると言う。
面白いのでまた褒めてみる。
「サマンサちゃんは人間界に留学に来たのでしょう? きっと貴女なら人間界の事すぐに吸収できるわ。だって優秀なんだもの」
さあ、どう出るか。
「あ、当たり前ですわ!! 私は人間界だけでなく色んな世界を旅して回ってるんですから。別に人間界だけが特別な訳じゃないんですからね!!」
何だか気恥ずかしさのあまり慌てて弁解を始めた。
サマンサは続けて言う。
「ま、まあ、人間界の街並みや食べ物は悪くないみたいですけど……」
俺は楽しくなってきた。これは現実ではちょっと見ない逸材だぞ。
「サマンサちゃん、ラーメンって食べた事ある?」
と、食べ物で釣ってみた。
「ら、らーめん? ……聞いた事もありませんわ」
「それはいけないわ。ラーメンを食べなければ、人間界に留学した意味が無いってくらいよ」
「そ、そうなんですの……私とした事が、事前準備が足りませんでしたわ」
紗里子は提案する。
「じゃあ、これから皆で食べに行こうよ!! サマンサ、とっても美味しいのよ」
幸い近くに家系の美味いラーメン屋があった。百も起こして、4人で食べに行こうと話はトントン拍子で決まった。
ラーメン屋に向かう道中、サマンサは家並み等風景を夢中で見ているようだった。
「どう、サマンサちゃん。人間界の様子は」
俺は百に聞かれないようそっと耳打ちした。
「わ、悪くないんじゃないかしら。どの家も屋根が綺麗ね。でも魔女の世界はもっと綺麗よ」
「知ってる。魔女の世界には私も一度行った事があるのよ。とっても魅力的な場所よね」
自分のホームグラウンドを褒められたサマンサは恥ずかしがってツイッと顔を背けた。
「私、豚骨醤油ラーメン!」
紗里子がいの一番に注文を決める。
「私はつけ麺が良いわ」
と、百。俺はサマンサが何を食べれば喜ぶか考えた。
「えーと、私は……豚骨塩ラーメンにしようかな。サマンサちゃんはどうする? 初めてここに来たんだからサリコと同じ豚骨醤油ラーメンにしたらいいと思うけど」
「私わたくし、何でもいいですわ」
と、つれない返事。
仕方なく、やはり紗里子と同じ豚骨醤油ラーメンを頼む事にした。
運ばれてきたラーメンを不思議そうに眺めるサマンサ嬢。
「……これ、どうやって食べるんですの?」
「サマンサちゃんには箸は難しいかな。すみませーん、フォークをくださーい」
「サマンサ、この食べ物はね、こうやって麺を食べるんだよ。このレンゲでスープと一緒に食べるのもいいよ」
紗里子が説明した。
「……こうやって、こう……はふはふ…。……!!」
サマンサは、初ラーメンのあまりの美味さに身体を硬直させた。
「これは……これは……こういう……」
何だか分からない事を呟きながら夢中で食べている。慣れない麺類に苦闘しながらも、美味さのせいで何も頭に入らないらしかった。
「ご馳走さまー!! サマンサ、どうだった?」
紗里子が聞くと、ツンデレサマンサは、
「ま、まあ悪くないんじゃないかしら。でも食べづらかったわ、改善の余地が必要ね!」
「じゃあサマンサちゃんは、もう食べに来ない?」
俺は意地悪く聞いてみた。
「え!? え……。い、いいえ、決して悪くないんだから、また来てもいいんじゃ、ないかしら……」
『魔女』としての威厳を保とうと必死で「べ、別に積極的に来たい訳じゃないんだからね!!」という体を崩そうとしないサマンサ。
魔女VS人間界の文化による『闘い』の幕開けであった。
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