第20話 俺のひみつ

 


  いきなりだが。

  何を隠そう、俺はアニメの大ファンであった。


  いい年をして何を……と思われるかもしれないが、案外『アニメ』というのはファッションや音楽等のカルチャーを抑えて現在の流行の最先端にあるのではないかと思っていた。


  海外でも、評価されているのは日本のアニメや漫画であって、音楽やドラマ等は(アジア以外では)圏外なのでそう馬鹿にできたものではない。


  実際、ジャンルを問わず流行に目ざとい遠山等もアニメには一目おいていたようである。


  観ていたアニメは多岐に渡る。

  アイドルモノに飯テロモノ、異世界転生モノ、ゆるふわ獣モノ、そして紗里子が魔法少女になって以来、それこそ魔法少女モノ等をこよなく愛した。


  「やっぱりまだまだ子どもよね」


  と百は言っていた。大人になりたい盛りなのだろう。だが彼女も俺に影響されてアニメを見始め、


  「結構面白いじゃない」


  と夢中になっていたようであった。


  中でも俺には好きな作画監督がいた。

  玉木杜礼美(たまきどれみ)さんという人である。


  彼女はフリーで仕事をしていた。特定の事務所には所属していないらしかったが、色々な物を観ている内に気になったアニメの大半は彼女が手掛けている作品である事に気付いた。

  それ以来、俺は彼女の仕事を調べ、時間が無い時でも録画して必ず観るようにしていた。


  勿論、紗里子も一緒に。英才教育ってヤツだ。


  ーーそんな杜礼美さんの新作アニメが放送されると知り、物凄く楽しみにしていた俺は、オープニングを観るなり、分かってしまった。


  まず、絵が歪んでいる。

  キャラクターの目が死んでいる。

  子ども向けモノなのに動きに覇気が無い……。


  まるで、観ている視聴者に黒い呪いをかけるような、そんな作画だった。勿論、普通の視聴者やスタッフには気取られなかったろう。

  だが、魔法少女たる俺にはすぐにピンときた。


  「どうしたの、パパ?」


  一緒に観ていた紗里子が不思議そうに小声で問う。


  「『虫』だ」


  俺は一言で済ませた。紗里子にはそれで充分伝わったようだった。

  このアニメを観ている視聴者、特に子ども達に杜礼美さんの悪意が伝播していく事を恐れた。

  何と言っても、全国放送だ。


  いや、それどころか海外にも輸出して悪意が拡散されるかもしれない。

  それは電波ジャックであった。


  この状態を解決する為には、元凶たる杜礼美さんに『虫』を吐き出させ、そしてまず放送を中止させなければいけない。


  「紗里子、ちょっと行ってくる……。リリィ・ロッド!!」


  俺は魔法少女に変身して唱えた。

  あいも変わらず、目を丸くさせて悲鳴をあげる百。本当に、『魔法少女を見た者はその間の記憶を消される』っていうのは何のチートかって思った。


  「リリィ・ロッドよ、この電波を中止させよ!! ザーサース、ザーサース、ナーシルナーダ、ザーサース……」


  ーーと、テレビの画面がパッと真っ黒に塗り潰された。観ている方にしてみれば……いやテレビ局側にしてもこれは重大な放送事故だろうが、仕方ない。


  さて次は玉木杜礼美さんの方だ。


  俺はもう一度「リリィ・ロッド! この『虫』の被害者の元へ!!」と叫ぶ。空間がねじ曲がり、俺は杜礼美さんが住んでいると思われる部屋に転移していた。


  辺りを見回すと、テレビが真っ黒な画面を映し出したままでいる。

  杜礼美さんも自作を観ていたのであろう。

  彼女は、テレビの向かい側にあるソファの上でその身体をダランと預けていた。


  よく見ると、彼女の左手首から血が流れており、ソファの下には血に塗れたナイフが転がっていた。


  ……ああ、またリストカットか。

  よく言われている事だけど、『リストカット』って致死率低いんだぞ。確か。

  とにかく彼女は生きてはいるようだった。生き返りの呪文も使える魔法少女おれではあるものの……、まずはホッとした。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス……」


  いつもなら紗里子が唱える回復魔法の呪文が俺の口から滑り出す。


  「う、うーん……」


  杜礼美さんが目を覚ます。

  左手首の傷は治り、ついでに血で汚れていたあらゆる部分が綺麗に『掃除』された。


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ」


  『虫』を吐き出させる呪文を唱えると、水茶学園の生徒達と同じように、苦しむ事なく『虫』が唇から這い出た。


  「……これでもう電波ジャックは出来なくなったな」


  俺がひとりごちると、魔法少女おれの姿をその目に映し出した杜礼美さんが驚きの余り絶叫した。


  「あ、貴女誰!? 鍵は閉めていたーーわよね!?」


  杜礼美さんの質問は無視し、また、彼女が『虫』に込めた呪いについても深くは詮索するまいと考えた。


  ……何故なら俺は……彼女の大ファンなのだから。

  経験上、一度『虫』に支配された人間は二度と同じ目には遭わない。

  これで、また彼女のアニメを楽しく鑑賞できると思うとウキウキした。


  「玉木杜礼美さん、ですよね。私貴女の大ファンです」


  「は、はい、どうも……」


  「何か悩み事があるのでしょうけど、あなたにはきっと多くのファンがいます。沢山のファンが、貴女の作品を待ってるんです」


  「…………」


  杜礼美さんの目には涙が滲んでいるように見えた。


  「で、それでですね。……おいリリィ・ロッド、色紙」


  色紙は簡単に現れ、俺の右手におさまった。


  「私、中でも貴女の描かれる『アイドル・パラディソ』のファンなんです」


  「……そ、そう? ありがとうございます……」


  「主人公のリリカ、色紙に描いて頂けませんか? 杜礼美さんのサイン付きで」


  魔法少女(俺)は、ひどく赤面した。

  家に帰ってから、紗里子に「どうして私を連れて行ってくれなかったのー!」とプンプンされたが、「サインが欲しかったから」なんて言える訳がなかった。

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