第19話 紗里子との出会いを話さなければならない

 


  この辺で紗里子と俺の出会いについて話さなければならない。



  前に書いたように、紗里子は、俺が大学4年生の時に親友から預かったーー言葉は悪いが急に押し付けられたーー子だった。


  その友人ーー高田和夫(たかだかずお)というーーは、学生結婚等もしないまま、急に女の子の赤ん坊を学校に連れてきた。


  美大だったから個性的な学生は沢山いたが、赤ん坊を連れて来るヤツなんて初めてだった。

  しかも、それが俺の親友だったなどと。

  これには当時の俺も度肝を抜かれた。


  「可愛いだろう?」


  高田は自分の娘にメロメロになっているようだった。


  「いや、可愛いのは可愛いけど……。この子どこの子? 姪っ子か?」


  「違う、俺の子だ」


  「『俺の子だ』って言ったって、お前そんなそぶり今まで全く見せた事なかったじゃないか!? 母親は!? 結婚してるのか!?」


  しかし、『母親』の事については高田は一切口を噤んだ。

  高田は暫くの間、授業に『紗里子ちゃん』を連れて来ていた。


  実家かどこかに預ける事はできないのか、と聞いたが、


  「俺の側にいさせないと危険だから」


  とか何とか、真面目な顔で言っていた。

 

  それなら、授業を休んででも育児に専念すればいいのに。

  正直、高田は狂っているように見えた。

 

  しかし『紗里子ちゃん』は大変人懐っこく、女の子の赤ちゃんにしては物怖じしない所があったので俺もすぐさま『紗里子ちゃん』にメロメロになった。

 

  それこそ天使のような笑顔をキャンパス内に振りまいていて、女子学生等は競うようにして『紗里子ちゃん』に構っていた。



  そんな奇妙な生活が3〜4ヶ月続いただろうか。


  ある大雨の日、レトルトのカレーで夕飯を済ませた俺の1人暮らしの部屋に、


  「ドン!! ドン!! ドン!!」


  と、凄い力でドアを叩く音がした。

  何事か、とドアに設置されていた魚眼レンズで外の様子を伺うと、高田が紗里子ちゃんを抱いて助けてくれ、助けてくれ。と言っているように見えた。


  しかし、急いでドアを開ける間も無く、高田の身体はーー『消失』ーーした。魚眼レンズ越しに見た光景であった。


  レンズ越しで、しかもソイツが親友で、人1人が急に消滅するという現象を見せつけられた俺は、ドアを開けるのが怖くなった。

  レンズでは見えない角度で、何か殺し屋みたいなのがドアの外でウロウロしているんじゃないのか。


  警察を呼んだ方がいいんじゃないのか。


  ……と、そこへ……。


  「アーン、アーン、アーン!!」

 

  この酷い雨の中、赤ん坊らしき泣き声が聞こえた。

  聞き覚えのある、あの『紗里子ちゃん』の声であった。


  急いでドアを開けると、着せられていた白い猫耳のあしらわれたフカフカのコートをびっしょり濡らした『紗里子ちゃん』が、廊下に置き去りにされていた。


  胸元には、これまたびっしょり濡れたメモ用紙が挟まれていた。


 

  「紗里子を頼む」と。



  これが、紗里子と彼女の本当の父親が引き裂かれた顛末だった。

  俺は『紗里子ちゃん』の身体を拭き、急いで温かい風呂の中に入れてあげた。




  「お友達の赤ちゃんだなんて……。あんた、これからどうするの」


  俺の母親はオロオロしていた。

  無理もない。


  それでも、子ども好きの母親は、俺が大学に行っている間に紗里子の面倒をよく見てくれていた。

  俺も住んでいた1人暮らしのマンションを引き上げ、実家に戻りいつでも紗里子に会えるよう毎日早めに帰っていた。


  幸いな事に俺の作品は大学在学中の間にも評価され、そこそこ売れている画家になる事が出来たので卒業後は自分のアトリエを構えた。

  母親はしばしばアトリエに通い、紗里子を風呂に入れたりオムツの交換、離乳食の準備なんかもしてくれていた。


  警察や探偵に高田和夫の居場所を探してほしいと頼んだが、結果は無しのつぶてだ。


  俺は紗里子を自分の娘のように可愛がり、また紗里子が5歳で魔法少女になるまでは赤ん坊の時に見せていた人懐っこさも消えていたが、とにかくガムシャラに紗里子を育てあげた。


  母親がいなくても、また『普通の少女』じゃなくても良いんだよ、と言い聞かせながら。


  ーーそして、2人と1匹で楽しく過ごしてきた。

  楽しく、とは言っても『正義の味方』をやっている紗里子は大変だったろうが。

  だけどそれは俺が魔法少女になってフォローしていける自信がついた。


  あくまで俺の推察だが、こういう事は考えられないだろうか。


  高田和夫は、ひょんな事から異世界の『魔女』と恋におちた。しかし、『人間』と『魔女』が結ばれる事は御法度。

  母親たる『魔女』は魔女のいる異世界に監禁され、高田も同じように異世界に監禁されている。


  ーー随分簡単な推理だが、一番道理にかなう考え方だ。


  俺はいずれ、また魔女のいる異世界に行かなければならなくなるだろう。

  しかしこの段階でやらなくてはならないのは、あくまで「ルシフェルの放つ『虫』から人間界を救う事」。


  ゆっくりゆっくり、丹念に、『虫』を探し出していく事こそが、俺の使命でもあり、また紗里子の本当の父母を探し出す近道でもあるような気がした。



  「パパー!! 映画見に行こう!! ラブストーリー物!!」


  たまの休日ーーと言っても、自営業には休みなんて無いんだがーー紗里子は俺に『おねだり』してくる。


  紗里子には、俺しかいない。義理の親子でも、親子は親子だ。

  俺は二つ返事でOKし、百も連れて『女子会』を楽しむ事にした。


  その何でもない日常を祝福し噛みしめるかのように。

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