第10話 魔女の国へ異世界転移



  「パパ、友達の誕生日パーティーに行って来ていい?」


  紗里子が珍しく『学校の友達』と約束をしてきたようだった。


  紗里子は、『母親』がいない。

  そのせいで、魔法少女の力に目覚める5歳くらいの時までは、友達のいないオドオドとした、いつも俺の陰に隠れている引っ込み思案な性格の娘だった。


  5歳を過ぎてからは、オドオドする暇などなく……。

  というのはまあ、幼いながらに魔法を使って人助けのような事をし始めたからだ。

  性格もしっかりとして『母親がいない』というコンプレックスを乗り越え、魔法少女の名に恥じない凛々しい娘に育った。


  「いいよ、楽しんでおいで」


  「やったあ!」


  俺の首っ玉に齧り付く紗里子。

  側から見たら子ども同士がじゃれ合っているようにしか見えない事であったろう。


  紗里子はちょっと抜けた……というか、子ども故に素直すぎる所もあったが。

  成績優秀(魔法なんか使ってないぞ、試験中に変身する事は出来ないからな。やろうと思えば出来るけど)で運動神経も抜群、それに『父親』の欲目で見なくとも美少女だと思う。

 

  これは紗里子の実の父母に似たのだろうが、俺としても誇らしい事だった。

  それに、ちゃんと成績維持の為の努力もしていた。


  ただ、魔法で事件を解決するようになってから。

  人と人との関係性を同い年の子達よりも深く見る事になってしまったため、クラスの皆より大人びて浮いた存在になってしまっているんじゃないかというのが俺の懸念だった。


  だが、誕生日パーティーに呼んで貰えるくらいの仲良しがいるのならそれは杞憂だな、と安心した。


  「プレゼントを買わなきゃいけないんだろ? お小遣いをやるよ」


  俺は少女の顔で相好を崩した。


  「ううん、お金はいらないの」


  「?」


  紗里子は嬉しそうに言う。


  「リリィ・ロッドの世界に行って、異世界の友達とパーティーやるんだあ!! 楽しみ!!」


  ーーリリィ・ロッド。

  紗里子が魔法少女になってしまった元凶だった。


  魔法少女はリリィ・ロッドと会話が出来ると聞いてはいたが、まさかリリィ・ロッドが召喚されるその『異世界』とやらにまで行っていたなんて初耳であった。


  「ちょっと待ちなさい、紗里子。その『異世界の友達』とやらは、ちゃんとした……その……人間、なんだろうな?」


  我ながらアホな事を聞いた。

  異世界に住んでるんだから人間の訳がない。


  「ううん、違うよ。私と同じくらいの歳の、れっきとした『魔女』だよ。私みたいな、人間界で変身する『魔法少女』じゃなくて、『魔女』」


  頭が痛くなってきた。


  「……時間軸は?」


  「人間の世界に合わせてくれるよ。だから、夜遅くなるって事もないよ、ちゃんと宿題する時間も取れるから……、あ、宿題終わらせてから行くから……」


  紗里子の顔が不安げなそれに変わる。行かせて貰えないんじゃないか、という顔だ。

  俺としてはそんなとんでもない所に行かせるのは心配で仕方なかった。

  だが、『友達』と遊べないのは、普段忙しい生活を送っている紗里子には淋しい事だろう。

  いくらその友達が『異世界の魔女』でも。俺は決めた。


  「行ってもいいよ。ただし、パパ同伴だ」


  「ええ!! 友達の誕生日パーティーに親が付いて来るなんて聞いた事無いよう!!」


  紗里子は目を丸くして騒いだ。

  俺は精一杯威厳を保って説得した。


  「いいか? まず、パパは紗里子が行っているというリリィ・ロッドの世界とやらを見てみたい。心身共に安全な所か確かめる為にもな。それと、その『友達』にも挨拶しなければいけないな、普段どんな会話をしているのか興味がある」


  「過保護過ぎだよう……」


  紗里子は口をとがらせた。


  「パパの事嫌いじゃないだろ?」


  「好きだけど……」


  「それに、パパも魔法少女だろ。その『魔女』さんにいつかお世話になる日が来るかもしれないから、お会いしておかないとな」


  紗里子は、自室に籠もってリリィ・ロッドと話を付けて来たようだった。


  「パパ、いいって! ただし、魔法少女の姿でだよ!」


  そういう事で、俺はリリィ・ロッドの召喚元である異世界に旅立つ事になった。



  行き方は簡単だった。

  まず魔法少女の姿になる。

  リリィ・ロッドに『お願い』をする。


  「リリィ・ロッド! 我らを汝の地に召喚せよ!!」


  と叫ぶだけ。

  ちなみに百は魔法で寝かせた。

  いつも寝ている猫のルナと枕を一緒に眠りについていた。


 


  気が付いたら、そこは宝石箱をひっくり返したような鮮やかな光が舞い踊る高原のような所。

  俺達はそこに立っていた。


  「ここが『異世界』……?」


  「そうだよ、正真正銘の『魔女の国』だよっ!」


  紗里子は慣れたものだった。

  一体、何度くらいここを訪ねた事があるのか。


  「急がないと、パーティーに遅れちゃう。リリィ・ロッド!!」


  例のテレポート機能で俺達が降り立ったのは、中世ヨーロッパに造られた貴族の城を小さくしたような、古びた、だが美しい建物の前だった。

 

  入り口には、もう既に沢山の『魔女』と思われる少女達が楽しげに扉が開くのを待ちわびているようであった。


  「サリコ! 久しぶりじゃない、元気だった!?」


  「キーキ! そっちこそお!!」


  どうやら日本語は通じるようだ。

  というより、魔法少女に変身している時点で言葉は一律になるのかもしれない。


  キーキと呼ばれたその少女は、俺を見て不思議そうに首を傾げた。


  「そちらは?」


  彼女は俺に微笑みかけ、紗里子に紹介を促した。


  「この人はね、私のパパ……じゃない、『マミ』っていうの。私と同じ魔法少女よ」


  「そう、はじめまして、私はこの世界の魔女、キーキ」


  「あ、えーと、はじめまして……。サリコの……従姉妹の、マミです!」


  俺はシドロモドロに挨拶する。

  なんだ、『魔女』って言っても外見は俺達人間とそこまで変わらないんだな。

  キーキは、茶色い髪の毛に赤い瞳を持ったチャーミングな娘で、「お友達になってね」と俺にウインクをした。「ええ……。よろしく」と返答する俺。

 


  そうこうしている内に、城の門が開いた。


  扉の中央に立っていたのは、長い銀髪をたなびかせて金色の瞳を『友人』の皆に向けた、大変美しい少女だった。


  「パパ、あの娘が今日お誕生日のレイよ。ウフフ、オシャレしてる!! 綺麗な娘でしょ?」


  紗里子……いや、サリコは、最高にワクワクする、といったように俺に囁いた。


  確かに、綺麗な娘だった。


 

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