第3話 変態女芸術家
画家仲間に心霊やらオカルトやらに通じている男がいる。
だもんで、この俺、遅ればせながら自己紹介をするが昂明護(こうめいまもる)がオッサンから女の子になってしまった事を打ち明けても、少女(俺)をジロジロ見た後で、
「こんな男臭え女の子いないからな。まあ本当に昂明なんだろう」
という感じで面白いくらいあっさりと納得してくれた。
ヤツの鼻は人のそれの100万倍は効くらしい。
これで、「諸事情あって彼に依頼しました」とでも言えば個展の引き継ぎは問題無くなった。
幾ら何でも子どもの姿でオーナーやらお客様やらと応対する訳にいかないもんな。
遠山良(とおやまりょう)というその男は信頼が出来る男で、紗里子も案外懐いていた。
大きくゴツいゴリラのような身体の割には繊細な風景画を描くのである。
「……それでさ、遠山。かくかくしかじかで紗里子の実父を探しに行こうと思うんだが」
「警察とか探偵に頼むんじゃダメなのか?」
「それはもう13年前からやってるよ。八方手を尽くしても見つからなかったんだ。ツテを辿ってコツコツと探して行くしかないような気がする」
それに……。
紗里子の両親がまだ生きているとして、簡単に警察に身柄確保されるようなタマでは無い気がする。
なんてったって紗里子の実の親だ。
「魔法少女なあ。紗里ちゃんはいつまでそれを続けるんだろうな」
「魔女になるまでだろ」
「普通の人間の姿には戻らないのか?」
「分からん。でも今は両親を探すのが先決だ」
見ると、遠山はニヤニヤとして今にも声を出して笑うのを堪えているようだった。
「姿形もそうだけど、お前のその甲高い少女声は何とかならんのか」
「何にもならん」
俺はちょっとムッとした。
気にしていた点だったからだ。
だがオカルトに詳しい遠山にはもっと聞いておきたい事があるのだ。
「……ところでだな、遠山。お前の知り合いか誰かに、何か変わった感じのヤツはいるか」
遠山は肩をすくめる。
「画家なんて変わり者だらけだろ」
「その中でも選りすぐりの変わり者を教えてくれ」
そのオカルトティックなツテを辿って行けば、いつか紗里子の実父母に会えるかもしれない。
「……あー、出口(でぐち)アツコっていう前衛芸術家と話した事があるな」
「どんな人なんだその人は」
遠山はLサイズのコーヒーをグビリグビリと飲み干し、腕を組んだ。
「よく分かんねえけど、『自分はひみつのアッコちゃんの末裔』と言い張ってるみたいだな。タロットカードとかも得意みたいだし。っておい。単なる変人だぞ」
ところが俺は乗り気になった。そういう『魔女』に近い人こそを探してるんだ。
「じゃあ、個展が終わったら早速会いに行くとするよ」
「いや」
遠山はかぶりを振る。
「出口アツコは風水だか何だかの影響で住居をコロコロ変えまくっているらしくてな。俺の知ってる彼女の住所にはもういないかもしれない。いなくなくとも、まあ、急いだ方がいいだろうな。スマホの番号もすぐに変えるし」
「サンキュー」
遠山はしかし、渋い顔をした。
「おれその女あまり好きじゃないんだよね。身体は大人、頭脳は子供って感じで。まあ、そんなんでも頼りになれるんなら上手くやってくれ」
身体は大人、頭脳は子供……。
今の俺と真逆じゃないか。
一抹の不安を感じたが仕方ない。
その日の夕飯時。
「パパ、私無理に両親を探しにいかなくてもいいんだけど」
カレーとサラダを食べながら、紗里子は呟いた。
「だって、こうやってパパと2人で暮らしているほうが、私幸せだもん」
魔法少女とは言っても、まだまだ子どもなんだ。『パパと結婚する』っていうのはつまり、いつまでも俺と一緒にいたいって事なんだな。
「だって、このままパパが女の子のままだと困るだろ」
「良いじゃない、百合みたいで!」
その『百合』ってのが俺にはよく理解出来ないが、紗里子的には俺との静かな生活を乱したくないようであった。
「今は遠山の世話になってるけど、いつまでもこの姿のままじゃ仕事にも差し支えるんだ。とにかく、その出口さんという人の所に行ってみよう」
紗里子はまーだ、何事かを考えている様子だった。
その週末。
俺は手土産を持って遠山から教わった出口アツコ氏の住所へと向かった。
彼女はマンション住まいなのだが、前衛芸術家らしくまず玄関のドアからしておかしな様相である。
これ、何で十字架が逆さに貼ってあるの? ドアに、袋詰されたカレーのスパイスが飾ってあるのは何で?
「……パパ、大丈夫なのこの人のお家」
パパだって不安さ……。
しかし、意を決してチャイムを鳴らす。
ピンポーン。
ガチャっと、インターフォンも出ずにいきなり扉が開いた。
「まあ、可愛らしいお嬢ちゃん達! 遠山さんからお話は聞いてるわよ、どうぞ!!」
……扉が開いて登場したのは、夏でもないのに青いビキニ姿をした女性だった。やけにニマニマしていた。
そしてそれとは対照的に、ビキニ女史の後ろにはグレーのカチッとしたスーツを着こなしている、背の高い、ちょっと……、いや、かなりクールな印象の女性が立ち、こちらを睨んでいる。
ちょっと気になったのは、彼女の決して小さくはない瞳が二重でなく一重という所だろう。
俺はその辺にグレースーツの彼女が持つ一種異様な薄情さを感じた。
思ってたより厄介な物件だな、と俺は思った。
「私が出口アツコでーす!」
青いビキニが挨拶をする。
「……どうもお邪魔してすみません、昂明まも……いえ、マミと申します。こちらは、従姉妹の紗里子。あの、これプリンです」
とっさに嘘の名前を思い付いた。古今から有名な、アニメの魔法少女の名前から拝借したという訳だ。
クリーミーだったりエスパーだったり頭パックンだったり。
「……よろしくお願いします」
紗里子が小さな声で挨拶をする。
「健礼門院(けんれいもんいん)愛具(めぐ)です」
ずっと黙っていたグレースーツの女性が名乗った。
「出口先生のマネージャーをやっています」
『けんれいもんいん』って凄い名前だなオイ。
彼女は13、4の女の子にしか見えない俺と紗里子を、まるで商売敵の大人に対するかのようにジロリと睨み 、「お茶を入れましょう」と言ってキッチンへ消えて行った。
この部屋、ーーつまり仕事場なのだろうーーはどこか陰気な空気が混ざり合っているような場所だった。
出口さん自身は人当たりの良い……、いや、良すぎるくらいの人だったが。
部屋の中はさすが前衛芸術家というか……。
50センチ程もある女性の胸を何体も形取ってメチャクチャにくっ付けたようなオブジェや、ここでは書けないような形を施した巨大な立体像が飾られていた。
もっと変わっているのは壁が全面鏡張りだったという点だ。
これはひみつのアッコちゃんの末裔がどうとかいう噂と関係があるのだろうか。
「あの、失礼ですけどどうしてビキニなんですか」
紗里子がズバリと聞く。
まあ俺も気になっていた所だったけど。
するとアツコさんは、
「私はね、仕事中は裸にならないとやる気が出ないの! 普段は全裸よ、全裸。今だって全裸になりたいくらいだけど、こんな小さなお客様をお迎えするんじゃ、ね。妥協してコレよ」
そうですか、妥協してコレですか。
ありがとうございます。
少女の姿になってからというもの女性の肉体にはとんと興味が持てなくなったから、俺はいたって冷静だ。
『けんれいもんいん』さんが紅茶とプリンを持って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます