第51話 初詣の奇跡
天使イリンが訪問してから次の日の元日。
俺達は結局、例年の通りに神社に初詣に行く事にした。
西洋の神が幅をきかせていると知ったこの頃、日本の神様にお参りに行くのはおかしな事かと思ったが、これも一つの楽しみにしているイベントの一つなのだから別にいいだろう。
ささやかな楽しみくらい奪わないでくれ、というのが俺達の考えだった。
毎年着付けしてくれている美容院が当然ながら休業しているので、振袖を着られないのが紗里子にとって残念な事だった。
「でも、毎年の楽しみが今年も出来て嬉しい! パパ、ありがとう!!」
モコモコの洋服を着込んだ紗里子が嬉しくて仕方ないといった様子で笑う。久しぶりの魔法少女姿ではない格好だ。ちなみに俺は、何かあった時の為に魔法少女の姿でいた。
百は外に出たくない、という理由で留守番をする事にした。
神社に着くと……例年より随分減っているとはいえ、予想を遥かに上回る人が参拝に来ていた。
みんな、とにかく神にすがりたい気分なんだろう。
その『神』って、神社じゃなくて天界にいるんだけどな。
二礼二拍手一礼。
奮発して2千円のお賽銭を投げる。
紗里子は随分長い間祈りごとをしていたようだった。
「紗里子、何をお願いしたんだ?」
紗里子は照れたように告白した。
「うん、あのね。早く世界が普通になりますようにっていうのと……。これは毎年祈ってる事だけど、パパとずっと健康で幸せにいられますようにって!」
「そうか……」
毎年そんな事を思ってくれてたんだな。
と、そこへ。
「すみません。お参りが終わったら次に譲って頂けませんか」
すぐ後ろから声をかけられた。
「あ、すみません!」
紗里子が謝って俺達はすぐに列を離れた。
……ん? 魔法少女の姿をしていない紗里子が、なぜこの人の言葉が分かったんだ? 紗里子もあれ? という顔をしていた。
振り返ってみると……。全身真っ黒のロングドレスを着た女性だった。
身長は185センチくらいあっただろうか。男の姿の俺よりも10センチ程高い。
彼女は拍手をすると、何事かを祈り始めたが、すぐに列を離れた。
まるで、「ただ神社というものを体験したかったからやってみただけ」といった感じだった。
その、女性にしてはあまりに高すぎる身長と、正月なのにゾロリと長いスカートの黒づくめという異様な様子から、俺はすぐ普通の女じゃない事が分かった。
……何しろ、『言語の乱れ』に左右されてないんだ。
俺はその女性に話しかけようとしたが、人混みの中でパーンという弾けるような音と共に大勢の叫び声がする。
「助けて」
「危ない」
「警察を」
そんな大声が聞こえてきた。
「紗里子」
「うん!」
紗里子は魔法少女に変身し、人混みの中に走っていった。
目に飛び込んできたのは、猟銃を持った中年の男。
やたらめったら撃ちまくっており、近くには弾が当たってしまったらしい、不運な人々が血まみれになって転がっていた。
死者もいた。
俺は生き返りの呪文を唱えた。
「ベールゼバリ ラキフェル アディローソエモ セロス アーメク クーロセクラ エイルプラン!!」
殺された人達は倒れたままだが、これで息は吹き返したはずであった。
猟銃を持った男は間違いなく『虫』を飲み込んでいる。
「神の悪戯なぞには負けん!! 富田喜太郎、ここにあり!!」
そう言って猟銃を自らの頭に撃ちこもうとしていた。
紗里子が急いで『虫』を吐かせる呪文を唱えた。
「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ!」
すると……。トミタキタロウは虫を吐き出し、猟銃を手から落とした。
言語が乱れた世界に発狂した上、元々自己顕示欲の強い親父だったんだろう。
じゃなきゃ自分のフルネームを叫んだりしないだろうと俺は思った。
見張りの警察官達がトミタキタロウを抑え込んだ。言語が通じないとはいえ、さすが警察官というのは頼りになる。
しかし、トミタキタロウは警察官の腕の中でシュワリと音を立ててその姿を消した。
「!?」
こんなケースは初めてだった。警察官もどう始末していいのか分からないように驚いていた。
「彼はそのまま楽園には行かせず、地獄に堕ちるだろう」
振り向くと、先程の黒い服を着た超長身の女性が立っていた。
「今のはアンタがやったのか?」
黒い女性は、そのツンと高い鼻を見せ付けるように横を向いた。
リリィ・ロッドがこれまでに無いくらい光を暴走させていた。
まるでどうしたらいいのか分からない、といった様子で。
『ゼウス』だ。
全知全能の神、嫉妬の神、女好きの神。
その全知全能の神が、人間の女の格好をして神社に参拝している。
俺は思わず笑ってしまった。
「人間の作り出した『様々な神』の偶像を見てみたくてな」
黒い服を着たゼウスは、穏やかに笑みを浮かべていた。
「お前達の『虫』退治も、なかなか良かったぞ。その調子でやってほしい」
天使イリンは「神を憎むな」と言った。俺は言うまでもなく、憎む気にはなれなかった。
ゼウスの持つ『オーラ』が、善に満ちていたから。
「缶コーヒーでもどうですか」
俺はゼウスを誘った。
喫茶店が休業していたその時、ご馳走してやれるのは缶コーヒーくらいしか浮かばなかった。それでも貴重な物だったが。
「私は紅茶派だが」
「では温かい紅茶を」
俺は自販機で美味そうなミルクティーを買い、ゼウスに渡した。
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