第31話 サマンサのフォロー

 


  母親と後ろにいた男が白けた顔をしている。俺はますますムカついてきた。


  「『何やってんのよ』じゃあないわよ、この馬鹿母に馬鹿男。あいらちゃんはそれなりの施設に連れていくからね」


  俺が凄んでみせると、その馬鹿母は俺達を見て「子どもに何ができんのよ」といった表情を浮かべ、鼻で笑った。何がおかしい。


  「アンタ達、何度も言うけど『不法侵入』って言葉知らないの? 警察呼んだら困るのはどっち?」


  「へえ、警察呼んだら実際困るのはどっち?」


  俺が言い返してやると、母親がたじろいだ。あいらーー自分の娘ーーに暴行を加えていた事がバレてしまうのを怖れたらしかった。

  しかし、あいらの顔や身体にあった傷はさっき呪文で綺麗に手当てしてしまったから警察に行っても『証拠』が出せない。


  「あいらちゃん、ちょっとだけ我慢しててね……えーと……アレ シアウ レイベット アセレベールセス!」


  例のルシフェルによる『加護』なのだろう。俺の口からまた呪文が溢れ出たのだった。

  すると、あいらの顔には再びこの母親と男に付けられたのであろう痛々しい無残な傷が浮かび上がった。


  自分で付けた傷すら覚えていなかったのだろう。母親と男はあいらの顔に変化が起きたのを見て怖ろしげな様子を見せた。


  「あ、アンタ達、一体、な、何……」


  「私達は、『正義の味方』ですわ」


  サマンサが割って入った。


  「やっと状況が飲み込めましたわ。あいらちゃんの傷はあなた方が付けたんですのね」


  ……今気付いたのか。遅いよサマンサ。彼女の反応で魔女の世界が如何に平和な場所かを思い知らされる。


  「さあ、マミの言う通りその『ケーサツ』という所に行きましょう。本で読んだ事があるわ、悪い人間を地獄に落とす場所でしょう?」


  サマンサの知識はちょっと混乱していたらしい。


  「お嬢ちゃん達、何か勘違いしてないかい」


  ーーそれまでタバコを吸いながらやり取りを見ていただけの男が急に喋り出した。憎たらしい顔をしていやがる。


  「DVって言葉は知ってるかい? 知ってるよな? その子の傷はそのDVってやつではないんだよ。躾だよ、し・つ・け。分かったら帰んな、警察には言わないでいてやるから」


  何と大胆不敵な野郎だ。警察を呼ばないでほしい所を俺達の問題にすり替えてやがる。


  ーーそれにしても、こいつらには『虫』は入り込んでいるのだろうか。

  リリィ・ロッド……つまりルシフェルの意志ある所に必ず『虫』が存在しているのがそれまでの定石だった。


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ」


  「う……。ゲロッ!!」


  案の定、母親と男はすんなりと『虫』を吐き出した。他のケースと違ってもっと苦しんでくれてもいいのに。


  しかし。


  『ああ!! あいらちゃん、今までごめんね!! ママを許して!!』


  なんて期待した展開にはならず。相変わらずクズ2人はすっとぼけた表情をしていた。『虫』を吐き出した事には違和感を覚えたようだったが。

  馬鹿母は言う。

 

  「(……?)ホラ、さっさと帰んなさいよ。子どもだからって何でも許されると思ったら大間違いなんだからね」


  ダメだこいつら。

  こいつらはダメだ。


  俺はルシフェルではなく俺の『意思』でこいつら2人を地獄送りにする事にした。

  サマンサの言う『ケーサツという地獄』ではない。本物の地獄だ。


  「ルシフェルよ、汝の名の下において、罪深き者達に地獄の業火を見せろ」


  俺オリジナルの新作呪文だ。何かかっこいいし我ながらよく出来ていると思った。


  「おい、お嬢ちゃん何言って……。え!? アヅッ!! アヅアヅアヅアヅ!!」


  「アヅイ!! アヅイよおおおおお!!」


  馬鹿母と阿呆男はその場で真っ黒な業火に包まれ、やがて断末魔の叫びをあげながら姿を消し、地獄へと堕ちて行ったようだった。

  ヤツらの姿は、少し前に始末した『五芒星の連続殺人男A』よりも無残に見えた。


  「あいらちゃん。このお部屋を出ようね。それから、ちゃんとした所に行こう」


  いくら記憶が消えるからと言っても。自分の母親とその恋人が燃えながら姿を消すというショッキングな光景を見せないよう、サマンサが気を使って目隠し、耳隠しの魔法を使ってくれていたようだった。


  こういう時にパートナーがいるとやりやすかった。本来なら紗里子がやるべき事だったが、その時はサマンサに感謝した。


  その後、『母親』のいないあいらが大人になって教職に就き、生徒に好かれる大層立派な先生になったというのはまだまだずっと先の話だ。


 

  「人間界というのは、本当に残酷な所ですのね。マミやサリコを中心にした『魔法少女』の皆さんはそれこそ『悪魔』と戦っているのですわね」


  サマンサがため息をついた。


  「良い人だっているんだけどね。サマンサには酷な現場を見せてしまったけど、誤解もしてほしくないわ。素晴らしい所や人だって人間界には存在するんだから」


  しかしサマンサは重ねて言う。


  「でも、今回の事で大体分かりましたわ。人間界が今、混乱に陥ろうとしている事が」


  そして。


  「私のいる世界じゃありませんのね。お呼びじゃなかったようですわ」


  でも人間界の勉強は魔女の世界でつづけますわ。そう言ってサマンサは、今度こそ本当に魔女の世界へと帰っていった。

  紗里子や百はまたガッカリさせられていた。


  だけど本当に、悪い所ばっかりじゃないんだけどな。俺と紗里子の『父娘愛』とか。

  事故や災害、病気が無ければ良い人しか長生き出来ないという俺の持論もあるし。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る