第40話 クリスマス・イブの夜
色々あり過ぎたが、その年も無事(?)クリスマスイブの日がやってきた。
俺の家にはキリスト教の神に背を向ける魔法少女がいるから、クリスマスを祝う、ましてやご馳走を食べたりプレゼントの交換をするなどとんでもない事だーー。
というのは全くなく、毎年普通にツリーを飾ったりケーキを食べたりしていた。
特に今年はルシフェルへの反抗だ、と小さな決意をしていた。お前を捨てた神への祝杯だぞ、ざまあ。と。
その数か月前、留学生魔女のサマンサに洋服を買ってやったからプレゼントは遠慮する、と紗里子は言っていたがそういう訳にもいくまい、と思った。
それに紗里子が毎年俺へのプレゼントを用意してくれているからますます何かあげなくちゃいけない。
俺は奮発して紗里子と百に似合いそうなブレスレットを買ってやる事に決めた。
と、それにしても百はいつになったら『実家』に帰るのだろうか。クリスマスくらい、あの可哀想な『義母ママ』の所に顔を見せに行ってもいいんじゃないかと思っていたのだがーー。
ブレスレットを買いに行った帰り、家の門の前で黒い制服を着た髪の長い少女がじっと立っていた。百の姿のように見えたが、制服を着ているというのがおかしい。
外は肌を刺すような、という言葉通りかなり寒かった。
「百? どうして家に入らないの。寒いでしょう」
不思議そうに尋ねる俺に向かって、『百』はゆっくりとこちらに顔を向け、慎ましやかな笑顔を作った。やっぱり何かおかしい。
「も、百……?」
彼女は、俺の知っている活発な百じゃない。
どこか寂しげで、憂鬱な空気を纏ったその少女は、百と同じ顔で俺に言った。
「姉が……。陸野百(りくのもも)がお世話になっております」
これは、もしかして……。百がこの家に居候する切っ掛けとなった、だが詳しい話は避けてきた……。
「私、陸野百の双子の妹、海野(うみの)百です」
ーーやっぱりだ。
「あ、はじめまして。私は昂明マミと申します」
忘れがちだが俺は外見上、百よりも年下なのであった。自然と敬語になる。
だが、どうしたものだろう。
百ーーウチにいる陸野百は、妹の海野百の事を「絶対に殺してやる」とまで言っていた。
いくら『虫』を飲み込んだからだと言って、それは彼女の本心からきたものだろう。
そんな『元凶』を家の中に入れていいものだろうか。姉百が発狂するかもしれない。
だからと言って、こんな夕暮れの寒い時間に女の子をそのまま追い返すのも酷だ。
「パパ! どうして家に入らないの?」
思案している内に後ろから紗里子の声が聞こえてきた。
てっきり姉百と一緒に買い出しに行って遅くなるものと思っていたのに、誤算だった。
そして。
紗里子の隣りには、ケーキの箱を抱えた我が家の姉百がいた。
姉百はその日の空気よりも冷ややかな目で妹百を見つめていた。
やがて姉百は、妹百を露骨に無視して玄関に向かった。
「お姉様」
お姉様と呼ばれた姉百は、ケーキ箱の取っ手を片手にぶら下げたまま振り返りもせずに氷のような声で返事をした。
「何しに来たのよ」
「お姉様」
「邪魔よ。とっとと帰ってちょうだい」
「お父様とお母様が待っていらっしゃるんじゃないの?」という捨て台詞を吐いて、姉百はドアを開けて家の中へと消えて行った。俺と紗里子の家なんだけどな。
紗里子はオロオロしていた。
「あ、えーと、海野百さん? 良かったら中に入りませんか。ここじゃ寒いですし……。あ、雪が降ってきたわ」
寒いはずだ、本当に雪が降ってきた。ホワイトクリスマスイブだ。
俺は紗里子の提案に賛成した。
姉百とて、学校を休学してまでいつまでも俺の家にいる訳にはいかないのだから、何かしらの『切っ掛け』が大事だと思った。
「……ありがとうございます。私、姉と話がしたいんです」
妹百の手はかじかんでいた様子で、ハアハアと息をあてながら両の手を擦り合わせていた。
その目は痛々しげに潤み、目の前にいる俺や紗里子などは目に入っておらず。
一途に姉百だけを見つめているようであった。
「……どうしてこの子を家に入れたの」
姉百がかつてない怒りを滲ませた声で俺と紗里子に問う。
「外は、雪が降っているのよ。それにこちらの海野……さんは、せっかく家まで来てくれた大切な『お客様』だわ」
紗里子はご馳走の準備をしながら事も投げに言う。手にはノンアルコールのシャンパンを手にしていた。
「あの。突然お邪魔して、すみません」
「本当だわ」
「百!」
俺は姉百をたしなめた。すると、『お客様』である妹百までもかすかにビクッとした様子を見せた。
双子で、下の名前が同じなのだから少々厄介だった。
俺は、妹百の事を紗里子に倣って「海野さん」と呼ぶ事に決めた。
海野さんは、姉百の一挙手一投足を見つめ、懐かしげなような、何か焦がれるような表情をしていた。
「お姉様……。お姉様……」
キッチンにいる姉百には聞こえなかったろうが、近くに座っていた俺には密やかなその呼び声が確かに聞こえていた。
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