第6話

 私があの残念美人の先輩・吉野よしのひびきに出会ってから、もう少しで1ヶ月が経つ。


 この1ヶ月一緒に過ごして分かったのは、先輩は家事全般が苦手ということだ。

 料理はご飯すら炊けないレベルで、掃除はコロコロが限界。洗濯はギリギリ出来るけど、凄まじくものぐさなせいで、放っておいたら着る物がなくなるまで放置されている。


 ……まあ、洗濯も私がする様になったから、もう自分では何もしなくなったけど。


 だけど部屋から一歩でも外に出ると、皮でも被ったみたいに、先輩は他の生徒からも大人気な優等生に変身する。


 その人気振りは本当にすさまじくて、後期の生徒会長選も、実質信任投票なんじゃないか、と言われているとか。


 まあ、それはそれとして。

 

 他校より少し遅れた10月下旬、うちの学校は本格的に学園祭の準備に入った。

 

 その準備期間は2週間あって、最初の1週間は放課後、2日前までは午後の授業を切り上げ、そして当日までは全日準備だ。


 生徒によって差はあるけど、皆がはしゃいでいるみたいで、いつもよりも校内は活気に満ちていた。


 そんな最中、生徒会書記の私は生徒会室に籠もって、さっきまでやっていた会議の議事録作りに追われていた。


 結構熱が入った議論をやったおかげで、メモがとんでもない量になっていて、いくら書いても全然終わりが見えない。


 先輩の権限で私は、議事録を作るのを優先させてもらっている。彼女を含めた他の役員6人は、校内を駆け回っていてここにはいない。


 本当なら、先輩達を手伝わなきゃいけないのに……。


 議事録はワードを使って作るんだけど、私がパソコンにあんまり慣れてないせいで、字を打つ速度も遅いし、入力ミスも多いせいで全然進まない有様だった。


 そんな感じでぐだぐだと作業をしつつ、私は先輩のプライベートとの違いを思い出していた。




 会長席から見て右の奥に座る私は、自分以外の役員達の会話を書き漏らさないよう、必死にメモを取っていた。


 部屋でのうだうだ具合がうそみたいに、先輩の話し方はよどみが全くないし、どの議題にも的確な結論を出していく。


「では、これで決定ですね」 


 普通にやったら2時間ぐらいかかりそうな議題を、先輩は半分の1時間で裁ききってしまった。


 今日予定していた議題を半分処理して、一区切り付いたので10分休憩することになった。


 それにしても、外と内でここまで違ってくるかなあ……。


 借りた文庫本を読む私は、3年生の副会長と親しげに話す先輩を横目で見ながら、そんなことを考えていた。すると、先輩はそれに気付いて私と視線が合った。


 副会長と話し終わると先輩は、こっちを見てお嬢様感あふれる微笑みを浮かべた。

 作り物っぽいそれは、普段の様子を知っている私から見ると、何だか痛々しいもののように映った。


 休憩時間が終わって、今日の本題の予算分配と生徒会企画の議論に入った。


 予算の方は少し手間取りつつも割とすぐに終わった。でも生徒会企画の方は、私以外全員の提案がバラバラだったせいで、かなり手間取る事になった。


 それでもなんとか意見をまとめて、先輩ののど自慢大会案と、会計の女子の演劇案に絞られた。その2つで多数決をとって、3対4で演劇案が通った。


 私は、やっと終わった、と思って、メモの端をそろえていると、


「会長、時間が余ったんで、何をやるかもう決めませんか?」


 庶務の男子生徒がそう提案してきた。時計を見ると、予定の時間より1時間半も早かった。


「そうですね……」

 先輩が、皆さんどうしますか? と全員に訊ねると、私も含めて誰も反対しなかったので、大まかな部分を決めてしまう事になった。


「では、今日の所はこれまでにしましょう」


 脚本とセットや衣装の大体を、時間いっぱいまでかけて議論して、後は予算を決めるだけにしてから終わった。



 

「あーもう……」


 何事もそつなくこなしていた先輩に比べて、私は字を打つ位でもたついていて、本当に情けないと思う。


 やっと生徒会企画のところにたどり着いたときには、足元のかばんの影が大分長くなっていた。

 もう一息だ、と気合いを入れ直してメモ用紙をめくると、


「あれ、なんて書いたっけこれ……」


 ちょうど演劇の内容についての部分が、自分でも読めない汚い字になっていた。


 ちょうどそこは、シナリオについてかなり白熱した議論していた所で、大急ぎでメモを取った所だった。


「はあ……」


 本当に何やってるんだろう……。


 顔を手で覆ってから天井を仰いだ私は、そのミミズがった様な字を解読するはめになった。

 そうやって私が過去の自分と戦っていると、


「あ、いたいた」


 出入り口の戸が開いて、2年生の庶務の女子が入ってきた。


「どうしたんですか?」

「これ、会長さんが高木さんにって」


 彼女はそう言って、手に持っていた2つ折りの紙を私に手渡すと、きびすを返してまた出て行った。


 なんだろ?


 渡されたA4の紙を開くと、ちょうど今、四苦八苦している部分がそこに書いてあった。


「先輩、メモしてくれてたんだ……」


 文章の下の方に、渡すの忘れててごめんなさい、と走り書きがされていた。


 こういうとこが好かれるんだろうなあ……、先輩は。


 今度先輩の好きなご飯作ってあげよう、と思いつつ小さく笑った私は、ありがたく先輩のそれを使わせてもらった。


 その件は先輩のファインプレーでどうにかなったけど、


「ふぁ……」


 今度は、ちょうど良い室温に誘われた睡魔が、私に襲いかかってきた。


 3限目の体育が長距離走だったせいもあって、結構疲れていた私は、あっという間にそれに負けて寝てしまった。

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