第32話

 無事に全部貼り終わったら解散して、私と先輩は寮の部屋に帰った。


「先輩、何食べますか?」

「……へっ? 何?」


 私のベッドにペタンと座る先輩に、いつも通りご飯の事を訊いたけど、やたらと反応が鈍かった。


「晩ご飯の話ですけど」

「あーうんうん、ご飯ね」


 それにいつにも増して、なんかフワフワしている様に感じた。あと、部屋の温度から考えて、妙に先輩の顔が赤いし。


「先輩、もしかして熱ありません?」

「あー、そうかも。なんか寒気するし、ちょっと測ってみる」


 先輩は自分の額に手を当ててそう言うと、薬箱の中から体温計を出して測った。


「あー、ありますね」

「うん、あるね……」


 まだ微熱ではあったけど、寒気がしているらしいし、これから体温が上がっていくんだろう。


 とりあえず、先輩には暖かい服装に着替えて貰って、私は熱を出した事を寮長さんに知らせた。


 それを聞いて駆けつけた寮長さんに付き添われて、先輩は学校医の先生の病院へと向かった。


「今日はおかゆとかにしなきゃ」


 先輩を見送った私は、そう独り言を言いながら冷蔵庫をのぞき込んだ。


 チルド室に鶏ミンチがあったから、それと卵を混ぜておかゆを作ることにした。


 流石の先輩でも、あんなにプレッシャーが連続したら疲れが出るか……。


 出汁パックを引き上げて、ご飯とミンチを投入して火にかけながら、先輩が私とだけ居ても、張り詰めた様な感じだった事を思い出した。


 ストレスが過剰だと免疫力が下がるって言うし、こじらせたりしないと良いけど。


 プツプツと煮える鍋の火を止めて、へらで混ぜて冷ましていると、ちょうど先輩が戻ってきた。


 大分熱が上がっている様で、寮長さんに肩を借りないと歩けない状態だった。


 ちなみに検査の結果は、インフルエンザじゃなくて普通の風邪だった。


 マスクをした私は、寮長さんと一緒に先輩の両脇を抱えて、先輩のベッドに寝かせた。


 これは、食欲ないかもしれないな……。


 マスクをしてフウフウ息をする先輩に、冷えピタと氷枕を用意しながら、一応食欲があるか訊いた。


「ちょっとは、ある……」

「分かりました」


 答えを聞いた私は、ゆるゆると上半身を起こした先輩と、ベッドの宮の間にビーズクッションを突っ込んだ。


 それに背中を預けたのを確認してから、小皿におかゆを入れて戻った。


「もう少し冷たい方がいいですか?」


 私は先輩の傍に座って、スプーンでおかゆをすくって口元へ持って行く。猫舌だから心配だったけど、首を横に振ったからどうやら大丈夫らしい。


 10分ぐらいかけて、小皿一杯を食べ終わった先輩は、汗でれて気持ちが悪い、と訴えてきた。


 ビーズクッションを撤去してから、蒸しタオルで身体を拭いて、下着とスエットを着替えさせてあげた。


 私は起こさない様、慎重にベッドに寝かせて布団をかけると、先輩はすぐに寝息を立て始めた。


 スポドリとか調達しに行かなきゃな。


 先輩の服を回収して洗濯機に入れた私が、財布を持って学食のところにある、自販機へ買いに行こうとしたら、


 誰だろ?


 靴を履こうとしたタイミングで、2連打で呼び鈴が鳴った。


「響が熱出したって聞いたから、スポドリとか買ってきたよ」

「すいません、わざわざ。ありがとうございます」


 玄関のドアを開けると、スエットに上着を羽織った福嶋先輩が、コンビニの袋を手に提げて立っていた。


 福嶋先輩は、先輩から熱がでたことをメッセージで知らされて、急いでコンビニへ行ってきたそうだ。

 門限は過ぎていたけど、事情を知っていた警備員さんが許してくれたらしい。


「良いって良いって。で、具合はどんな?」

「はい。ちょっと食べてすぐ寝ちゃいました」

「おお、そっか。響のことよろしくね」

「任せてください」

「うん。高木ちゃんがいれば安心だ」


 心配そうに部屋の中をのぞき込みつつ、私に袋を手渡すと、福嶋先輩はポンと私の肩を叩いてそう言うと、お願いね、と続けて帰っていった。


「楓さーん……」

喉渇のどかわきました?」

「ん……」


 鍵をかけてから部屋に戻ると、先輩が目を覚ましていて、飲み物を要求してきた。


 私は早速、もらったそれを開けると、ストローを挿して先輩に渡す。飲んでいる間に、先輩の体温を測ると、もう40度近くになっていた。


 病院から貰った薬を飲んで貰うと、また先輩はすぐに寝てしまった。


 ちょっと遅めの晩ご飯を食べた私は、先輩に悪いと思ってテレビをつけずに、自分の机で今日やったところの復習を始めた。


 途中で、先輩がまぶしそうにしていたのを見て、私は部屋の電灯を小玉にして、机の電気をつけて黙々と進めていく。


 よし、これで終わりっと。


 2時間ほどで全部終わらせて、さて、お風呂に入ろう、思ったところで、


「ううー……」


 先輩が突然、うなされてる声でうめいたから、慌てて先輩のそばに駆けつけた。


 起きては……、ないか。


 また喉が渇いたかと思ったけど、目は全然開けてはいなかった。


 とりあえず体温を測ってみて、少し熱が下がっているのを確認したところで、


「おかあ、さん……。まって……」


 先輩がまた口を開いて、小さな子供みたいな声でそうささやくように言った。


 その一言を発した後は、何も言わずに寝息を立てるだけだった。


『お母さんって……、こんな感じなのかな……』


 ちょっと前、先輩がそう事を言ったときと同じ、酷く寂しそうな痛々しい感じがしたから、私の説はほとんど正しいのかもしれない。


 あくまで予想は予想だし、もしかしたら普通に会えるのかもしれないけど、


 ……せめて、夢の中だけでも一緒に居させてあげよう。


「大丈夫。ここに居るから」


 今、そばに居てあげられるのは、私1人だけなのは間違いないから、私は先輩の手をそっと握った。


「ん……」


 そうとは言わなかったけれど、先輩の顔がうれしそうな顔になった様に見えた。

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