第18話

 無事に生徒会劇を終えた次の日。

 

 いかにも体育祭日和な良い天気な中、私と先輩を含めた生徒会役員と、全学年のクラス委員達は朝から体育祭準備に駆り出されていた。


 私と2年の庶務、同級生のクラス委員と一緒に、グラウンドの1番隅にある第2倉庫で、競技に使うビニールテープで巻いた物干し竿やらを取り出していた。


「ねえねえ。ここに麻袋無いかな? 障害物競走で使うヤツ」


 私が赤色の竿を引っ張り出した所で、先輩が入り口からひょこっと顔をのぞかせてそう訊いてきた。


「さっき先生から聞いたんですけど、体育館倉庫に置いてあるそうです」

「分かった。じゃあちょっと一緒に付いてきて貰える?」

「ああ、はい」


 意味ありげに私を見てそう言ってきたので、私は他の人達に任せて先輩と一緒に、グラウンドから5メートルほど上の段にある校舎へと向かう。


「先輩。先生から麻袋の話、一緒に聞いてましたよね?」

「あっ、うん。ど、ど忘れしちゃ――」

「昨日も言いましたけど、先輩が悩んだところで、なるようにしかならないですよ?」

「いやあ、それは分かってるんだけどね……」


 私の思った通りだったらしく、先輩はすぐに情けない顔になってそう言いつつ、深々とため息を吐く。

 目が泳ぎまくっていたし、そもそも先輩がど忘れする事の方が珍しいので、いつもの様に見栄を張っているのが丸わかりだった。


 で、その先輩の悩み事というのは、全9競技のポイントの合計で競う、体育祭総合順位の事だ。


 昨日の夜、チームを1番に導かなきゃ、とあうあう言って悩む先輩へ、


「総合1位になれるかどうかなんて、もうほぼ時の運ですよ。先輩が出来ることは応援する事だけです」


 私は豆腐ハンバーグを作りながらそう言った。


「そうだよね……。じゃあ、頑張って応援しなきゃ」


 先輩もそう言って納得してそこで話は終わった、と思っていたけど、直前になってまた不安になったんだろうな。


「それなら、もう後はポジティブに行くしか無いですよ」

「うん……。悪い方に考えても良いこと無いもんね……」


 先輩がいまいち歯切れ悪くそう言った所で、私達は体育館倉庫にたどり着いた。


「別に何位だろうと、会長らしくない、なんて誰も言いませんよ」


 扉を開けて中に入った私は、目の前にある麻袋の入った段ボールを開けながら、後ろにいる先輩へそう言った。


「楓さんがそう言うならそうだよね」


 先輩は箱の中身の半分を受け取りながら、うんうん、とニコニコ笑って何回も頷いた。


「いや、どれだけ私を信用してるんですか」

「大陸プレートぐらいかなー」

「それは絶大ですね……」

 

 本気かとぼけてるのか分からない答えが返ってきて、私は苦笑するしか無かった。


 先輩はこの頃、やけに「生徒会長らしさ」、というものを気にする事が多くなった気がする。

 まあ、生徒会長だから生徒の規範になろう、っていう気持ち自体はおかしくは無い。だけど、それを口にするとき、先輩はいつも少し表情がこわばってる様に見える。


 でもその理由は、多分私が触れてはいけない物なんだろうな……。


 今以上に興味を持って、先輩の事情へ踏み込まない様、私はその事を記憶の隅に追いやった。



                    *



 先生達や先輩の的確な指示のおかげもあってか、予定よりもかなり早めに準備が終わった。


 そのままグラウンドで進行の最終チェックをやっている間に、他の生徒達が集まってきて、本部テントの逆サイドにある、8箇所のテントに組ごとに分かれて開会式を待つ。


 何せ生徒数が多いので、雑談でざわざわしているのが本部に居ても聞こえる。


 チェックが終わると、生徒会役員とクラス委員も各々自分の組に合流した。ちなみに組は、白、赤、青、黄、緑、桃、橙、空の8つある。


 私と先輩の組は赤組で、2年生だけど先輩がその色長を担当している。


 間もなく、開会式を始めるので整列して下さい、という放送委員のアナウンスが流れて、1年から3年までが3列に並んだ。


 ちょうど真ん中にある演説台の前に、8人の色長がそれぞれの組の旗を持って集まって、選手宣誓が行なわれた。


 それが終わると、また生徒達はテントに戻って、第1競技の玉入れが始まるまで待機する。


 玉入れは各組16人の選手で行なわれ、同時に4チームがプレーする。順位はもちろん、入れた玉の数が多い順に決まって、同数のときだけ順位決定戦になる。


 ざわざわしているチームメンバーの前に、先輩が自分に注目するように言いながらやって来た。


 全員が自分を見ているのを確認した先輩は、1つ大きく息を吸って、


「総合優勝目指して頑張るぞー!!」


 元気いっぱいな感じの大声でそう呼びかける。


 示し合わせは特にしていなかったけど、その1秒後ぐらいに、皆が口をそろえて、オー! とそれに応えた。


 それから少しすると、選手の集合がかかって、私と先輩を含めた選手が、自分達の色のカゴを持った先生の周りに集まる。


 先輩の発案で、赤組は玉拾い役と投げる役が2人1組になって、無駄なく玉を投げ続ける作戦をとる事になった。


「じゃあ私は玉を拾うから、高木さんが投げてもらえるかな?」

「はい」


 先輩をいつくばらせるのはどうかと思ったけど、本人がやるというので言うとおりにした。


 全員が位置に付いたところで開始の笛が鳴らされ、一斉にカゴに向かって玉が投げられ始めた。


 人選を同室か親友同士で固めたおかげで、1人1人投げるより効率よく玉が投げられ、制限時間の5分が経った頃には、地面に落ちている赤組の玉はほとんど無くなっていた。


 玉の数を数えると、赤組は48個で頭1つ抜け出ての1位だった。


「上手く行きましたね」

「うん、予想以上に」


 テントへの戻り際、私が先輩のやや後ろから話しかけると、先輩は振り返ってホクホク顔でそう答えた。


 残り4組も、赤組のマネをして同じ様にしたけれど、チームワークの差でそこまで数字が伸びずに赤組が1位だった。


 それが決定した瞬間、私は先輩の方を見て少し笑うと、掌を自分の頭の高さに上げる。先輩はすぐに私の意図を察して、にこやかにハイタッチしてきた。


「みんなありがとう! 次も1位取るぞー!」


 その後、先輩はガッツポーズしたりして喜んでいる他の人に、とびきり明るい大声でそう言った。

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