第19話

 赤組はそんな感じで幸先の良いスタートを切りはしたけど、


「うーん、40ポイント差か……」

「なかなか上手く行かないですね……」


 第2競技の4人一組で今朝の物干し竿を持って走るパイプリレーが2位、第3競技の大玉転がしが4位、第4競技の借り物競走が3位、第5競技の障害物リレーが2位、となかなか1位を取れないうちに、青組に追い抜かれて2位になっていた。


「まあ後半から巻き返せば良いよね」


 先輩はそう言った後、切り替え切り替え、と続けて、私と一緒に弁当が置いてある生徒会室へ向かう。


 部屋の中に入ると、私と先輩の弁当だけが真ん中の長机に残っていた。どうやら、他のみんなは別の所で食べてるらしい。


「先輩。お弁当、どこで食べま――、……なんで鍵閉めるんです?」


 私が弁当を手に取った振り返ると、先輩が出入り口の鍵を閉めている所だった。


「あっ、うん。ちょっと2人きりになりたいなって思って……」

「なるほど、甘えたいんですね」

「そ、そうなのっ!」


 先輩はカクカクと上下に首を振って、少し恥ずかしそうにそう力強く答えた。


 本当、こういう所はわかりやすいよな、先輩って。


 私は弁当を一旦置いて、入り口から見て左側のソファーに座ると、先輩へ隣に来るよう促す。


「で、どのくらい甘やかせば良いんですか?」

「大分強めにお願いしようかな」

「赤ちゃんプレイとかですね」

「ちょ、言い方ー……」


 まあ、別にそれでも……、とおずおずと隣に座った先輩は、凄く赤い顔でなんかもにょもにょ言う。


 パタパタと体操服の埃を払った私が、どうぞ、といって自分の膝をポンポンしたけど、先輩はなんでかそのまま動かない。


「別に本当に赤ちゃんプレイでもいいですよ」


 なんか迷ってる様だったので、そう言ってハードルを下げにかかったけど、


「それも良いんだけど……。もうちょっとその……、違う事がしたいっていうか……」

「具体的に何をです?」

「そっ、その……、嫌じゃ無いならだけど……」


 先輩は耳まで真っ赤にして、少しの間顔を伏せてから、


「ちっ、ちちちっ、チュー、とか……」


 ガチガチに緊張した様子で上目遣いをする先輩は、やや小さな声で私にそう言った。


 ああ、幼稚園児がお母さんにねだるヤツかな。


 私が幼稚園の頃、ほほにそうしないと母親にしがみついたまま離れない子が居たし、先輩はそういうあれがしたいんだろう。


「どうぞ」


 私は先輩に頬を向けつつそう言って、先輩がしてくるのを待つ。


「い、行くよ?」

「はい」


 つばを飲み込んだ先輩は、ゆっくりと私に顔を近づけて来る。


 そのまま、真っ直ぐ頬に唇を付けてくるかと思っていたけど、


「ちょっ、先輩」


 先輩は前の方に回り込んできて、膝の上にまたがってきた。


「チューするんじゃ――んむっ」


 ――そしてそのまま、私の顔をつかんで唇にキスをしてきた。


 すぐにひっぺがそうとしたけど、ふわりと香る先輩の匂いやら、唇の柔らかさやら、身体の暖かさやら、


 あれ……? 先輩って……、ここまで綺麗きれいだっけ……?


 長いまつ毛が生えた瞼を閉じている先輩の顔に見とれて、何の抵抗もする気が起きなくなった。


 それは別に嫌な感じなんかは一切無くて、むしろ、いつもより直に先輩の体温を感じられて、ずっとこのままでいたいと思ってしまう程、とても心地が良かった。


「ん……」

「は……ぁ」


 無意識のうちに先輩の背中に手を回したところで、先輩の舌が私の口の中に、ぬるり、と入ってきた。


「――ふぇあッ!?」


 未知のその感触に、びっくりして正気に戻った私は、突き落とさないレベルで先輩を引きがした。


「なっ、何してるんですか先輩……っ」

「あ、ああっ! ごめんね! 私……、何して……?」


 息が上がっている先輩は、私の上からすごいスピードでどくと、


「いっ、嫌だったよねっ!? ごめんなさい!」


 もう2度としないから、と、事件を見たみたいな、わたわた感のある動きで平謝りしてくる。よく見ると、その耳の先まで真っ赤っかだった。


「い、嫌というか……。ちょっとびっくりしただけなんで……」


 だってあの先はまだ少し……、先……? まだ……? 何が……? 


 そう言った私は、昨日ぐらいから感じるようになったのと同じ、なんかよく分からない感覚を覚えていた。


 運動したわけでも無いのに、心臓がバクバク鳴って、身体全体がものすごく熱い。


「……じゃあその、またしても良いの?」

「はっ、はい……。まあ、最後のあれじゃ無ければいつでも……」

「そそっ、そうなの……」


 そんなぎこちない感じの会話をしたっきり、私と先輩はお互いなにも言わなくなった。


「あっ、あの先輩! 時間ないんでご飯食べましょう!」

「うっ、うん! そうだね! 食べよ食べよ!」


 変な空気を吹き飛ばそうと、私が無駄に声を張ると、先輩も同じ様にして私にそう言ってきた。

 その上、追加でこの間発見した、しゃべりながら魚を食べる猫動画の話をして、携帯で実際にそれを見せた。


「動画は良いんだけど、すぐ通信量いっぱいになっちゃうよね」

「ならWi-Fi使えば良いじゃないですか」

「そうなんだけど、寮にはないでしょ」

「えっ、ありますよ」

「そうなの!?」

「知らなかったんですか……」


 なんていう、他愛の無い話をしている内に、先輩の顔の赤みも私の身体の熱さも、激しい鼓動も変な感覚も無くなって、いつも通りに戻っていた。

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