第54話
何ごともなく卒業式が終わった後、先輩の担任の先生から、先輩の父親が先輩に用事があるからってやって来た、という連絡があった、と先輩からメッセージが送られてきた。
ひとまず私は、伝家の宝刀を抜く準備をしてから、ひとまず私達の部屋に3人で集合する事にした。
「お腹痛いとかないですか?」
「うんまあ、大丈夫」
いざ対面となるとやっぱり不安な様で、そう言ってつばを飲込んだ先輩は、せわしなく目をうごかしていた。
どうやって励まそうか、と考えていたけど、先輩は1度深呼吸をすると、両頬を自分でぺちん、とはたいた先輩は、何も言わなかったけど、気合いの入った顔になった。
これなら大丈夫そうだな、と思って福嶋先輩を見ると、私と同じ事を思っているみたいで無言で頷いた。
先輩を最後尾にして、私を先頭に先輩の父親の待つ小会議室へと向かった。
「失礼します」
「何だ貴様ら。私は娘だけを呼んだのだが?」
室内に入ると、開口一番、不快そうなのを隠そうともせず、威圧的な態度で私と福嶋先輩を睨み付けてそう言う。
先輩本人は福嶋先輩の後ろにいて、その眼光からは護られている。
「単刀直入に言います。せん――
私は一切退かずに、先輩の父親の目を見返して言う。
「貴様に何の関係がある高木楓。よその家のルールに口出しするのは止めて貰おう。第一、急な変更に対応出来る様にしておかないのが悪い。貴様の指摘は筋違いだ」
「その可能性がある、ということは言ってませんよね」
「当たり前だろう。決定権のある者の指示に従うのが社会というものだ」
「明確な同意が取れていないのなら、有効では無いのもそうですよ」
「暗黙の了解というものだ。理不尽に見えてもそれが決まりだ」
思った通り先輩の父親も、私の言葉に一切退かずに圧力を増して正当化してくる。
でもその程度、私にとっては大したことは無い。先輩を
「そういうこともある、というのは否定しませんが、それを親がやるのは少し違うと思います」
「それは私の勝手だ。だいたいに、私はそれで育ってきた上に、娘もたかが生徒会長程度ではあるが、頂点に立つ者に育っている。問題はないはずだ」
私の前妻の様に甘いことを言うな、と付け加えたとき、先輩から鼻で強く息を吸う様な音が聞こえた。
先輩、もしかして怒ってる……?
「胃潰瘍になるほどストレスを感じてても、問題ないと?」
「人の上に立つというもはそういう事だ。若い内の苦労を買うのは義務と言っても良い。前妻も分かっていなかったが、貴様の様な一般人とは背負うものが違う」
どうやらムキになってきたらしく、徐々に顔を赤くしながら、人差し指で机をコンコンと叩き始めた。
「前妻にも言ったが、
私もそうやってここまで来たんだ、正しいに決まっている、と一切その考えを疑う素振りもなく、先輩の父親は声を大きくして堂々と言う。
父親が母親の事を口にする度に、後ろにいる先輩から感じる怒りが強くなってる気がする。
そうやって怒ってくれているから、
「そういう精神論が必ずしも良くない、という事は言え無いにしても、響さんがそれに耐えられないなら、柔軟に対応しないといけないと思うんですが」
私はあくまで冷静にそう意見した。
「黙れッ! 貴様は何様のつもりだ! 他人の家庭の事情に! 高校生の分際で口を挟むな!」
どうやら我慢の限界が来たらしく、机を両手で強く叩いた先輩の父親は、すっくと立ち上がった。
「響こっちに来なさい! こ、こんなどこの馬の骨とも知れないヤツと話していても時間の無駄だ!」
目玉を飛び出んばかりに見開いて、先輩めがけて突き進みながら先輩の父親は叫んだ。
「そんな乱暴な事、しても良いと思っているんですか?」
「うるさいどけッ! お前の様な子どもが大人の話に首を突っ込むな!」
福嶋先輩が鋭く睨みながらそう言って、両手を広げて立ち塞がると、先輩の父親はトマトみたいに顔を赤くしてさらに怒鳴る。
私が先輩を下がらせてその前に立っていると、騒ぎを聞きつけて飛んできた教頭先生が、にらみ合いをする2人の前に割って入って、父親の方をなだめる。
「響。こんな連中の甘い考えに洗脳されて、将来を棒に振る事はないぞ。お前の幸せを思って言っているんだ」
それで多少勢いが弱まった先輩の父親は、子を思っているからこそ私達に言っている、という方向へ変えてきた。
「もういい加減にしてッ!」
だけど、それで我慢の限界がきたらしい先輩は、私の後ろから出てきて、普段からは考えられない程の大声で叫んだ。
「ああ、可愛そうに。こいつらのせいで我を忘れ――」
「そういう風に! お母さんや楓さんや由希を! 私の大切な人達を侮辱しないでッ!」
「響、誰にそう吹き込まれたんだい? この――」
「次そういうこと言ったら、私絶対お父さんを許さないから!」
引きつった笑顔を見せる父親へ、先輩はわなわなと震えながら、怒り心頭の声色で父親を睨み付けて反抗する。
「――なっ、何だとッ! ひっ、響ッ! だっ、誰のおかげでそこまで育ったと思っているんだッ! や、やはり要望を聞いて、この学校へ入れたのは間違いだった様だなッ!」
と、こっちも臨界点を超えたみたいで、呆気にとられた後、所々詰まりながら先輩に言い放って、もう力尽くで先輩を連れていこうと詰め寄ろうとする。
「まあまあまあ、穏便に行きましょうお父様」
「うるさい! どけッ!」
強硬手段に出んとする先輩の父親を、教頭先生が何とか留めようとしているけど、全然効果はなくてズルズルと後退する。
……これだけは使いたく無かったけど、こうなったら仕方ない。
私は1つ息を吸った後、
「困った人、ですね」
廊下に聞こえる大きさの声でそう言って、『伝家の宝刀』を抜いた。
「何だとッ!」
「やれやれ。孫の楓や我が校に対して、随分なことを言ってくれるじゃあないか」
「かっ、
それは、私の父方の祖父であり、元・市教育委員でもある、
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