第21話

 第8競技のチャンバラフィールドを再利用した、箸休め的な〇×クイズを挟んで、最終競技の学年別全員参加リレーが始まった。


 まず初っぱなは、当然私達1年生のリレーだ。足がってしまわない様、私は水分補給を十分にして、ストレッチを念入りに行なった。


 周りを見ると同じ組の皆も、私と同じ様にもの凄く気合いが入っているようだった。


「おお。皆張り切ってるねぇ」

「吉野会長!」

「わざわざありがとうございます!」

「見ていてください! 絶対1位取りますね!」


 最後にそう言った男子が、なあ皆! と元気よく訊くと、口々に同じ様な勢いでそれに同意する声が返ってくる。


「よーし! 頼もしい1年のために全力で応援するね!」

「しすぎて疲れないで下さいね」

「おーけー! 気を付けるよ!」


 私はつい、いつものクセでそう口に出してしまったけど、先輩がおどけて返してくれたので、変な空気にならなくて済んだ。


 アナウンスの指示で、正面と向こう正面に各チーム20人ずつ整列する。私の位置は正面側の真ん中ぐらいだ。


 正面側のラインにトップバッターの8人が並び、全員が号令と共に構えると、パンッ、というピストルの音が鳴り響いてスタートした。


 走者の配置は序盤と終盤に速い人を置いて、真ん中の遅い人をカバーするというものだ。私はそれなりに走れるので、出番は真ん中よりは後ろの方だ。


 作戦通り、序盤の生徒がグイグイと他を引き離していく。その生徒達が作ったリードを使って、中盤の生徒達がなんとか先頭集団に食らいついた状態で、私まで回ってきた。


 ライン上に立って1つ息を吐いた私は、必死の形相の前の走者を確認しながら、腕を後ろに突きだして待つ。


「はい高木さん!」

「お疲れ!」


 私は何事も無くバトンを受け取ると、1~2メートル前に居る1位を全力で追いかける。


 すると、不思議な事に、私はなんだか後ろから押されてる様な感覚がして、自分でも驚くほどの速度が出て、前の走者の背中がどんどんと近くなっていく。


 コーナーから直線に変わるところで、私はその正体に気がついた。


「高木さん頑張れーっ!」


 それは、テントとフィールドの仕切り線ギリギリで、声を張り上げて私を応援する先輩だった。


 もう数メートルでバトンタッチ、というところで、私は前に居た走者を追い抜いた。


 練習通り、次の人へスムーズにバトンを渡した私だったけど、


「あっ」


 フィールドの線の内側へ走り抜けるとき、足首をひねって前のめりに転んでしまった。


「いった……」


 身体を仰向あおむけにして膝を確認すると、大きめの擦り傷が出来ていて、砂がくっついた表面には血がにじんでいた。


 捻った足首の方は捻挫はしなかったらしく、大して痛みは感じなかった。それより、限界を超えた結果の息切れの方が辛い。


「だっ、大丈夫高木さん!?」


 起き上がれないでいると、先輩が走者の間をって私のそばにやってきた。


「擦り傷……、だけだったんで……」


 心配して寄ってきた、同じクラスの人にも聞こえる様に、私はゼーゼー言いながら先輩へそう言った。


 それを聞いた先輩は、良かった、と安堵あんどのため息を吐く。


「立てる?」

「うーん……、しばらく……、無理かな……」

「じゃあ肩貸そっか」

「お願いします……」


 同じクラスの織田おださん、という女子と先輩に肩を借りながら、私はグラウンド脇にある水道まで移動した。


「じゃあ私、なんか拭くもの貰ってくるね」

「お願い」


 その辺にあった、風化したビールケースの椅子に座って、私がすりむいたところを洗い始めると、織田さんはそう言って保健室の方に走って行った。


「ほっ、本当にすりむいただけなのかえでさん? どっか折れたりとかしてない? 肉離れとかじゃない?」


 キョロキョロと周辺に誰も居ないのを確認した先輩は、わたわたした様子で私にガンガン質問してくる。


 わたわた、といっても表情と声以外は落ち着いていたので、私はつい笑ってしまった。


「なっ、なんで笑うの……?」

「ちょっと心配しすぎじゃないかと思って。ちょっとすりむいただけですし」

「いやだって、ひざの皿とか割れちゃったりしてないか心配で……」

「割れてたら歩けないと思いますよ」

「いやまあそうなんだけど……」


 またなんかもにょもにょ言った先輩は、


「……私のワガママで怪我けがさせちゃったような物だし、楓さんに申し訳なくて……」


 反省しきり、といった様子で私へそう言った。


「ただの怪我にまで、責任とろうとしなくても良いんですよ?」


 経営者じゃないんですから、と私が苦笑いしながら言ったところで、織田さんが袋入りのキッチンペーパーを持って戻ってきた。


 先輩はまだなんか言いたそうだったけど、それで黙ってしまった。


 ややあって。

 

 保健室で消毒して絆創膏ばんそうこうを貼ってグラウンドに戻ると、赤組のアンカーがちょうど1位でゴールした所だった。


「さっすが悠花ー!」

「当然でしょまっきー」


 歓喜の輪の中で、アンカーの陸上部の女子が、友達らしい少し背の高い女子と会話しながら、1位の旗を持ってニコニコした顔で胸を張っていた。


 1年生が一通り喜んだり悔しがったりしたところで、2年生と入れ替わるようにアナウンスがあった。


 テントに向かって歩いていると、正面から先輩がやって来て、私はすれ違いざまにハイタッチをした。


「よーし! 1年の皆が頑張ってくれたし、私達も頑張ろう!」


 そのあと、後ろから先輩の元気いっぱいのそんな声と、2年生の気合い全開の返事が後ろから聞こえてきた。


 振り向くと、ちょうど2年生の円陣が解けたところで、その中心にいた先輩がこっちを見ていたので、私は拳を作って、頑張って下さい、と小さくジェスチャーした。


 それに微笑ほほえみ返した先輩は、同じ動きを返して向こう正面側に並んだ。

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