第25話

 先生が出ていくと、一気に教室内がざわざわとし始めた。


 私はいつも通り、机の左側にぶら下げた弁当を取ろうとしたけど、手がスカッと空振った。


 あっ、今日作ってなかったんだった。


 うっかり冷蔵庫を空にしてしまっていて、今日は購買か学食で、という事になっていたのを忘れていた。


 こっちに来てから1回も行ってないし、私が話すような人は全員教室にいないから、私は学食へ行くことにした。


 昨日飲み物を買った自販機の左にある、観音開きのガラスドアを開けると、途端に教室よりも騒がしいざわめきが聞こえてきた。


 流石に大規模校だけあって、結構広いなあ……。


 全体的に白っぽいフロアは、椅子とセットになった、8人がいっぺんに座れる長テーブルが縦4列横15列に並んでいて、突き当たりにある横一杯に伸びるカウンターで厨房と仕切られていた。

 私から見て左側は全面壁だけど、右側は真ん中に左側と対の位置にある、太い柱以外は全面窓になっている。

 ちなみに、窓は1枚ガラスじゃなく、小さいガラス窓を金属フレームで組み合わせたものだ。


 一通り確認した後、私は左の壁際に人1人分の間を開けて出来た、券売機列2つの内の右側に並んだ。


 一応、前の学校にも学食はあったけど、行く前に転校したから、こうやって並ぶのは結構新鮮な感じがする。


 そんな感じで、ボンヤリと食事をする他の生徒を見ていると、窓際の柱の手間辺りにあるテーブルに先輩の姿を発見した。


 奥側の真ん中に座る先輩は、同じテーブルにいる他の7人と、何かにこやかに話していた。


 にこやか、と言っても、先輩の笑顔はちょっとだけ硬めで、いつもの様に演じている風に見えた。


 さっきみたいに、私に気がつくと動揺するだろうから、私は見付からない様に顔を前に向けた。


 あれをしないといけないんだから、そりゃあ夜もなんて先輩は嫌がるよなあ……。


 それでメンタルを消耗しようもうしてたら、部屋を綺麗きれいにする余力なんかないのは当然だろう。


 なるべく先輩に負担をかけたくないし、ちゃんと計画的に買い物して使わないとな。


 放課後になるまでに、7日分のリスト作ってしまおう、と思っていると、いつの間にか列が進んでいて私の番になっていた


 ひとまず、1番安いかけうどんを買って、カウンターで調理のおばさんに渡した。


 ちなみにつゆの出汁は、200円という値段通りの味がした



                    *



 休憩時間で何とかメニューをまとめ上げた私は、終礼後、すぐに先輩へ、買い物に行ってくるから部屋で待ってて下さい、とメッセージを送った。


 すると、1分もかからない内に、無駄にキラキラした「OK」のスタンプが返ってきた。


 学校から貸し出されている、電動自転車を危なくない程度になるべく飛ばして、私は緩やかな坂をくだり下りる。


 何か上着でも着てくれば良かったかな……。


 地面に長い影を作る太陽の光は、長袖のセーラー服に染みる、冷たい空気のせいであんまり暖かく感じなかった。


 坂を下りきってしばらく平坦へいたんな道を進んで、幹線道路との丁字交差点についた私は、前の同じ楓葉高の生徒4人と一緒に信号を待つ。


 歩行者信号が青になって、私達は一斉にこぎ出したけど、私以外の全員が左方向に曲がっていった。

 そっちには、300メートルぐらい先にコンビニがあるから、多分みんなそこに向かったんだろう。


 私はそれとは逆方向に曲がって、少し小さめのスーパーに向かった。


 店の敷地の奥にある、建物脇の駐輪場でチェーンもかけて自転車をめると、早足で店の中へと入った。

 入口のすぐ脇に惣菜そうざいが並んでいたけど、お小遣いがもったいないから無視して、カートを押しながらさっさといる物を集めていく。


 最後に特売の卵を買ったところで、ふと生物なまもの系の菓子コーナーが目に入った。


 ……先輩頑張ってるし、なんか買ってあげるかな。


 そう思い立った私は先輩に、おやついりますか、とまたメッセージを送って訊く。今回は、手に待ってたのかレベルの速さで、プリン、と返ってきた。


 相当喜んでいるみたいで、その1単語にしてはあんまりにも多すぎる、「!」やハートマークが前後に付いていた。


 そのあんまりにもすごい勢いに、私は思わずほほを緩ませた。


 小さい子みたいですね、と送ると、少し間を開けて、ショボーン、の絵文字だけが返ってきた。


『うわーんひどーい』

『可愛い、って意味のつもりだったんですが』

『あーん。クールで通ってるのにぃー』

『嫌だったなら撤回します』

『いやあに、嫌とは言ってないから!』


 そんなゆるいやりとりの時間を挟みつつ、買い物を終わらせた私は、モスグリーンのエコバッグに買った物を詰めて店を出た。


 それを少し大きめな自転車のカゴに乗せて、さあ帰ろう、とサドルにまたがったところで、


「お前が、高木楓、という楓葉高校の生徒で間違いないな?」


 突然、やたら威圧的でつい最近に聞いた覚えのある声に、私は後ろからそう呼びかけられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます