第33話
その翌朝。
先輩が起きたところで体温を測って貰うと、もう微熱の
「ごめんね。心配かけちゃって」
まだ少し具合が悪そうではあったけど、普通に
「良いですよ別に。いつも心配かけられてますし」
「いやー、申し訳ない……」
そう言って栄養ドリンクを飲む先輩は、普段通りの苦笑いを見せた。
「さてと、熱も下がったし――」
「いやいやいや、まだ流石にダメですよ先輩……」
「えっ?」
熱が下がったとはいえ、ぶり返すと事なので、先輩が登校しようとするのを全力で押しとどめて、暖かくして寝てるように言った。
「そんな事してたら、流石の先輩でも倒れます。止めてください」
「はい……」
何回か反論はしてきたけど、それを5回ほど情け容赦なく切り捨てて、そうかなり強めに言うとやっと観念した。
そんな事があった後、冷蔵庫に入れておいた、昨日の残りのおかゆを温め直していると、
「ところで楓さん」
「はい」
「私さ、昨日の夜、なんか変なこと言わなかった?」
先輩がいきなり、そんな心当たりしか無い事を言ってきた。思わず、お玉を落っことしかけた。
「いえ。あー、とかその辺りなら言ってましたけど」
まさか本当の事を言うわけにもいかないから、とっさにそう
「あーそう?」
幸い、先輩は何一つ疑わずに、あっさり信じてくれた。
「なんかそれだと私赤ちゃんみたいだねー」
ギャップとか感じちゃった? という冗談めかした言い方に、
「いつもそうじゃないですか」
おかゆを皿に盛って居間に向かいながら、私も同じ様なノリでそう返した。
「うわーん、反論できなーい……」
ポフっとベッドに上半身を倒して、先輩はへなへなした声で言った。
「まあそういう意味では
「ほわッ!?」
「寂しいでしょうし、昼に1回戻って来ますから、大人しくしてて下さいね」
「わ、分かった……」
なんか急に布団被ったけど、はうわわ、と言いつつバタバタしてなんか元気そうだから、大丈夫だろうと思って教室へ出発した。
教室の前まで来たところで、なんでか後ろのドア周りに、2年生の女子生徒が十数人単位で塊になっていた。
なんだろ?
それを横目で見ながら、前の方から入ろうとしたら、
「あっ、来た!」
その中の1人が私を見つけると、後の全員が一斉にこっちを見た。
「
「あ、はい」
わらわらと集まってきた彼女達の1人にそう訊かれ、私は困惑しながらそう言って
「じゃあ、お願いしたいことがあるんだけど……」
さっき訊いてきた人がそう言うと、全員が一斉にスポーツドリンクやら水やらを差し出してきた。
「何でしょうか」
「これ、
彼女達が言うには、先輩が熱で休みと聞いたから、差し入れをしようと考えて、コンビニやら自販機やらで急いで買ってきた。
でも、あまりにも大人数で部屋に押しかける訳にもいかないから、私を経由して届けようと考えて今に至るらしい。
「わかりました。でもその、今頂いてもどうしようもないので、お昼ぐらいに部屋の前で待ってて貰えますか?」
流石に30本近く貰っても、置いておく様なスペースは教室にはない。
善意を否定するのか、みたいな事を言われるかも、と思って若干不安だったけど、
「あっ、そうだよね」
「ごめんね。考えなしに押しかけちゃって」
「こんな事されたら怖いよね。ごめんなさい」
「いえ。気持ちは分かりますから……」
あっさりと私の提案を聞き入れて、こっちが申し訳なくなるぐらいの勢いで、一斉に頭を下げてきた。
「それで、彼女の具合はどうなの?」
皆、かなり心配しているらしく、そう訊いてきた人も含めて、どう見てもソワソワと落ち着かない様子だった。
「もう結構熱は下がってますし、2、3日もすれば大丈夫だと思います」
「そう……。なら良かった」
ホッと胸をなで下ろした彼女達は、ゾロゾロと撤収していって、私は記者の囲み取材状態から解放された。
「――って事があったんですよ」
「わーお。でもこれで10回位風邪引いても大丈夫だね」
「縁起でも無いことを言わないでくださいよ」
「めんごめんご」
苦笑い気味に冗談を飛ばす先輩の、視線の先にある机の上には、大量に並べられたペットボトルがあった。
ちなみに、今朝よりもさらに持ってきた人が多くなっていて、栄養ドリンクも含めると60本ぐらいになっている。
「これだけ人望があるんですから、選挙の結果は心配しなくて良いと思いますよ」
「だと良いんだけどね……」
先輩は、あははー、と乾いた感じに笑って、またもそもそと布団に潜った。
「なるようにしかなりませんよ。先輩」
「うーん、いや、実際そうなんだけどね……」
いつものパターンで、うんうん言っている先輩の傍に座ると、私は布団の中を探ってそのきめの細かい手に触れた。
先輩はビクッと身体を震わせたけど、嫌がる素振りは一切見せなかった。
「まあ、せっかくゆっくり出来るんですし、誰を役員にするかでも考えといて下さい」
あえてそんな慢心じみた事を言った私は、指を自分から先輩の指に絡ませて、きゅっと握った。
「うん……」
心なしか
「ところで、楓さん。お昼ご飯は?」
「もう食べましたよ」
「いつのまに。購買でおにぎりでも買ったの?」
「いえ、カロリーメイトです。男子じゃないんですから、そんなに早く食べられませんよ」
「えー、私本気出せば30秒ぐらいで行けるけど?」
「自慢になってませんし、喉に詰まるので止めてください」
「んもー、人をおばあちゃん扱いしてー」
「どっちかと言えば、赤ちゃん扱いのつもりですけど」
「ほぼ一緒じゃーん……」
そうやって気の抜けた話をしている内に、先輩の声がいかにも眠そうになって、少しもしないうちに眠り込んでしまった。
やっぱり先輩、寝顔可愛いよな……。
こうやって寝ている先輩は、ちょっと幼顔な事もあって、改めて見てみると母性をくすぐられる感じの可愛さを感じる。
……いや、可愛いは失礼か。
とか、そんな事を考えていると、スカートのポケットの中の携帯が震えた。
あっ、これはヤバイ。
ハッとして、壁に掛かった時計を見ると、いつの間にかあと10分で授業が始まる時間になっていた。
そっと絡めた指をほどくと、私は先輩の机にあったレシートに、なるべく早く帰ってきます、とメモ書きして急いで校舎に戻った。
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