第13話
色々あった合宿から3日。生徒のほとんどが待ち望んでいただろう、学園祭がついに始まった――んだけど、
「えー、私の学生時代。学園祭と言えば――」
今年就任したばかりの校長先生が張り切ったせいか、開会式の校長挨拶がやたらと長くなっていて、かなり時間を押していた。
「――であるからして、えー――」
まだしばらく続きそうな気配で、舞台から見て正面にある席に座る生徒達は、大多数がソワソワしていた。
私を含めた生徒会役員は、その右側に横1列で並んで座っていて、その逆サイドには理事長先生ほかが座る来賓席がある。
「――とは良く言いますが――」
まだまだ校長先生の話が終わりそうになかったそのとき、来賓席の1番上座に座る着物姿の理事長先生が、渋い顔で舞台上の校長先生に聞こえる様な
それで冷や汗が吹き出た校長先生は、話を慌ててまとめると、一礼してそそくさと壇上から降りた。
校長先生が座るのを見てから、副会長は、次は理事長
理事長先生が年を感じさせないスムーズな動きで、身軽に舞台の端に付けられた階段を上った。
舞台の真ん中にある、演台に立った理事長先生は、
「言いたいことは校長先生が言ってしまわれたので、私からは一言だけ。生徒の皆さん、3日間全力で楽しんで下さい。以上!」
ニッコリと笑ってそう短くまとめると、自分の席に真っ直ぐ帰った。
少し
それが終わると、次は生徒会長挨拶です、とアナウンスして、いつも通り外向けの顔をした先輩が、どこまでも優雅に壇上へ上がって、持ち時間ピッタリで挨拶を終わらせた。
校歌を歌い終わって、やっと散会になると、生徒達は各々早足で会場から出ていく。
そのほかの生徒が部活やクラスの模擬店に追われる中、私達生徒会役員は生徒会室に集まって、2日目の開会式でやる演劇の通し練習を始めた。
私も含めて全員が、
練習が終わると、私と先輩以外のみんなは校内の見回りへ向かっていった。
本当は全員でローテーションなんだけど、先輩は生徒会劇関係の詰めの作業を全部して、私はその手伝いでかけずり回っていたから、って理由で、1日目は見回りからは外してもらっている。
「
「はいはい。お疲れ様です」
私と先輩の二人きりになった途端、先輩はぐでぐでになって私に
「先輩。重いんで座って
「えぇ……。このままじゃダメ?」
「ダメです」
「分かったーん……」
猫なで声をしてそう頼んでくる先輩へ、私がそう言って断ると、先輩は素直に部屋の壁際にある長ソファーに座った。
先輩はいつもより余計に人目に
「今からそんなんで大丈夫なんですか?」
私がその隣に座ると、先輩がこっちに倒れてきて、私の
「大丈夫だ……、問題なーい……」
「それダメなヤツです。先輩」
しおれた植物みたいになってる先輩は、ものすごく深いため息を吐いた。
「そんなに嫌なら、主役引き受けなきゃ良かったじゃないですか。私が言うのもアレですけど」
「だってー、あの場合、私じゃないと角が立ってただろうし」
「それはまあ、確かにそうですけど……」
2回目の会議で議論した役決めのとき、言い出しっぺの人が、脚本を書くから主役はやらない、と言って譲らないせいで、先輩が自分から引き受けるまで、生徒会室は少し険悪なムードになっていた。
「それに、あそこで手を挙げないのは、生徒会長らしくないから」
「……」
そう言った先輩の目は、今まで見たことが無い、人形を思わせるとにかく冷たいものになっていた。
私は幽霊でも見たみたいに、先輩のその横顔から顔を
「ん? どったの?」
「ああいえ……、その……」
スッといつも通りのオフの顔になった先輩が、私の視線に気がついたらしく、寝返りを打って
さっきの雰囲気的に、ストレートに訊いたら多分マズそうだし、どう言ったものか、と考えながら先輩の顔を見ていた私は、
「……ニキビあるなあ、って思って」
口元の右下辺りにそれを見つけて、とっさにそう言ってごまかした。
「のええッ!? ……おわー、結構デカい……」
うろたえる先輩は、ポケットから折りたたみの手鏡を出して、ぷっくりと赤くなっているそれを確認した。
「この頃、忙しくて疲れてるんじゃないですか?」
「かもね……」
「オロナインでも塗りますか?」
「うん」
ちょっとショックを受けている先輩に、一旦起き上がって貰って、私は長机の上に置いてある、自分のペンケースの後ろポケットから、その小さいチューブを出した。
「楓さーん。塗って?」
「自分で塗って下さい」
ソファーに戻ると、先輩が期待の眼差しを向けてきた。だけど、私はスルーして、先輩にチューブを手渡した。
「にゅーん……。つれないなあ……」
「ショボーン」の顔文字みたいな顔でそう言うと、先輩は渋々鏡を見ながら自分で塗った。
塗り終わると、ありがとー、とヘナヘナした感じで言って、下の端っこを両手で持って返してきた。
「楓さーん。なでなでしてー……」
それを受け取って、肘掛けの上に置いたペンケースに戻すと、私の方を向いて横になった先輩がそう要求してきた。
「はいはい」
「あぁー……
要求通りに私が撫でると、先輩は、にへー、と幸せそうな顔になった。
さっきのは、一体何だったんだろう……?
部屋での先輩でも外向けの先輩でもない、あの
「にしても、学祭のときの生徒会、こんなに暇で逆に良いんでしょうかね」
その事に内心安心しつつ、長机に置かれた連絡用のトランシーバーを見ながら、私は半身を起こして私に寄りかかる満足げな先輩にそう訊く。
ちなみに、学祭が始まってから1回も鳴っていない
「まー、いいんじゃない? みんながちゃんとしてるって証拠だし」
「それもそうですね」
じゃあ、ちょっとクラスの手伝いに行って来て良いですか、と先輩に訊くと、
「あっ、うん……」
そう肯定はしたけど、その目は捨て犬みたいになっていた。
「本当に良いんですか?」
「良くないです! 出来れば行かないで!」
立ち上がって、トランシーバーに手を伸ばしながら訊ねると、先輩はそう言って私の腰にしがみついてきた。
「なら最初からそう言って下さいよ」
「はい……」
私がまたソファーに座り直すと、情けない顔をしている先輩が肩に寄りかかって来た。
「毎回なんで1回、うん、って言うんですか……」
「やー、つい
「私に張る意味無いですよね」
「だってー、ちょっとぐらい楓さんに良いところ見せたいんだもん」
「余計悪化してたら意味無いです。先輩」
「あう……」
「それに、先輩の良いところは十分知ってますから」
「楓さん……!」
「まあ、それ以上に良くないところも知ってますが」
「ううー……、楓さんが優しいけど厳しいー……」
上げて落とされた先輩は、悲しみのオーラを出してそう言いながら、私の腕に自分のそれを絡ませてきた。
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