第37話

 私の願い事は、まあ健康祈願と学業成就っていう普通の事だから、すぐに終わって顔を上げると、先輩はまだ手を合わせたままお辞儀していた。


「ん? どしたの?」

 

 それをじっと見ていると、やっと先輩が顔を上げて、視線を感じていたのか、小首を傾げてそう訊いてきた。


「いや、ちょっと長かったな、って思っただけです」


 私はもちろん本心を言わずに、そう答えてごまかすと、先輩は疑う様子もなく、あ、そう? と言った。


「じゃ、次はおみくじだね」

「狐のやつと普通のやつ、どっちにします?」

「ま、無難に普通ので」

「じゃあ私もそれで」


 そんな相談をしながら、ちょっと参道を戻ったところにある、家とくっついた社務所に向かう。


 浮世離れした雰囲気がある、長い黒髪の巫女さんから、おみくじのついでに魔除けのお守りも買った。


 ちなみに、おみくじはまあ、いろんな神社にあるやつだけど、お守りは白地に金色の文字で『狐宮稲荷こみやいなり』と刺繍ししゅうされていた。


「あの、先輩。そんなこねくり回しても、大して変わらないと思います」

「わ、分かんないじゃーん?」


 私はさっさとおみくじを引いたけど、先輩は入れ物の中を大分ゴソゴソやってから引いた。


 巫女さんはその様子を、なにしてるんだろう、みたいな感じで先輩を見ていた。


「せーので開けよう」

「はい」


 社務所とは逆サイドに移動して、2人同時におみくじを開く。


 私の運勢は吉で、下の方の文章も特に当たり障りもなかった。


 ちなみに恋愛運だけは、「かなう。事を急ぐな」と、結構良い風に書いてあった。


 まあ、今のところ予定はないから、あんまり意味は無いだろうけど。


「先輩はどうで――、ああ、大吉ですか」


 おみくじをガン見して、跳びはねそうなほどソワソワした様子の先輩は、満面のにやけ顔をしていた。


「えっ、なんで分かったの!? エスパー?」

「そんなにわかりやすく喜んでたら、赤の他人でも簡単ですよ」

「そこまで?」

「はい。見ます?」


 なんならまだにやけてるので、携帯で写真とって見せてあげた。


「思った以上にわかりやすい……」

「でしょう。ところで、下の文章はなんて書いてあったんです?」

「ふふーん。なんならお互いの交換しようぜ!」

「じゃあ良いです」

「あっ、交換させてくださいお願いします」


 ウキウキというか、ちょっと調子こいた感じで言った先輩は、私がにべもなく断ろうとすると、すぐにものすごく低姿勢で自分のおみくじを差し出してくる。


 どうせ占いは占いなのに、そんなに見たいかな……。


 まあ、元々見せる気だったから、それ以上意地悪せずに交換した。


 先輩のおみくじの文章は、大吉だけあって、ほぼ全部が良い風に書いてあった。


 ただ学問だけは、くれぐれも油断はしない事、となっていた。


 先輩ならまあ、心配はなさそうだけど。多分油断なんかしないだろうし。


「じゃあ、甘酒飲もうよ甘酒ー」


 くじを返した腕をたぐる様につかんで、先輩は私を石段の方へグイグイ引っ張ってきた。


「はいはい。行きますから」


 私の返事を聞いて手を離した先輩は、先に石段をバーッと降りていった。


 どれだけ飲みたいんだろ……。


 わんぱくな子どもみたいな先輩に、私はちょっとだけ呆れつつ、クスッと笑ってその後を追いかけた。


 すると、十何段か降りたところで、先輩が飼い主と散歩中の犬みたいに、こっちを見て待っていた。


「何してんですか? 先に行っていいですよ?」

「あーいや、楓さんと一緒に買って飲みたいからさー」

「はあ」


 それなら急いでいる意味ないんじゃないか、と思ったけど、まあ、思い出にしたいんだろうな、というのは分かる。


 ともかく待たせるのも悪いし、万が一無くなったら目も当てられないから、私もなるべく早足で階段を降りてあげた。





「あー、ごめんな嬢ちゃんたち。もう身内に配っちゃって1人分しかないんだ」

「わーおー……」


 甘酒を配っている人が、神職のおじさんに変わっていて、保温器の中の残りをかき集めながら、おじさんは申し訳なさそうに先輩に言った。


「とりあえずそれ下さい」

「はいよ」


 ひとまずないよりはマシなので、その紙コップ1杯の半分おかゆみたいなものをもらって、出店がないところの参道脇にはけた。


「どうしよう……」

「まあ、先輩だけでもどうぞ」

「いやいやいや、それじゃ意味ないじゃーん……」

「じゃあ、ここは無難にわ――」

「分けようっ!」

「えっあっ、はい」


 困り眉になっていた先輩にそう提案したら、身を乗り出すみたいな勢いで、目をカッと開いた先輩は私が言い切る前に同意した。


 その勢いにちょっと引きつつ、コップを先輩に渡そうとしたけど、


「先に楓さんが飲んで良いよ」

「いえ、別に少なくても良いので」

「あーいや、そういう事じゃなくて……」

「はい?」


 5往復ぐらいそんな調子で譲り合いをしたところで、私が折れて飲んだ。


 どうやら結構良いやつみたいで、変な甘さも混ぜ物感も全然無い、純朴な味わいだった。


「はいどうぞ」


 半分ぐらい飲んだところで、私は紙コップを先輩に手渡した。


「ふおおお……」

「何ですか、その高い骨董こっとう品みたいな扱い……」


 先輩はコップの底と横を持って、もの凄く慎重にコップの縁を口元へと運んでいく。


 口を付ける前に、抹茶みたいにちょっと回してからグイッとあおって、


「うへぶっ!」


 むせたらしく、勢いよく米粒をいくつか噴いた。


「何を急いでるんですか。取りませんよ」

「あはは……」


 持っていたティッシュで、戦敗のあごの辺りについた粒を取ってあげると、なぜかご機嫌な感じをかもし出し始めた。


「せっかく屋台来てますし、他になんか食べます?」


 そんな先輩にそう訊ねつつ、私はたこ焼きの屋台を指さした。


「うーん、せっかくおせちがあるんだし、そっちにお腹取っとく」

「そんなに一気に食べなくても、別に良いんじゃないですかね……」

「でも、ほら、鮮度せんど落ちちゃうし」

「生ものはともかく、落ち、……るんですかねやっぱり」

「わかんない」


 その辺は後で調べる事にして、用が済んだし寒いから帰ろう、という段になったところで、


「あっ! あれって、ちょっと良いミキサーだよね」


 先輩が型抜きの屋台の隣にある、ヒモを引っ張るタイプのくじ引きに気がついた。


 どうやら、あのスティック型ミキサーが欲しいらしい。


 料理に挑戦してみたいのかな?


 それならその心意気は良いんだけど、またヒヤヒヤしながら見守る事になりそうだ。


「でも、ああいうのって大体当たらないと思いますけど……」

「やってみなきゃ分かんないじゃん?」


 声を抑えてそう忠告ちゆうこくしたけど、先輩は楽観的な事を言って、屋台の方へとてこてこと歩いて行った。


「今日は私くじ運良いから、当たるかもよー?」


 おじさんに300円払って、なぜか自信満々な様子で唇をペロッとなめた。


 だけどその勢いの割には、おみくじのときみたいに、どれを引くかじっくりと考え始めた。

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