第38話
結局、右下の一番角のヒモを引いて、
「おしるこ……」
インスタントのお汁粉5個パックセットを引き当てた。
「……楓さん、もう1回だけ……」
どう見ても残念賞のそれを受け取った先輩は、上目遣いで私を見つつ人差し指をピッと立てて、泣きの1回を頼んできた。
「本当に、1回だけですよ?」
「りょーかい」
先輩からお汁粉を預かった私は、本当に、のところを強調して、そう釘を刺しておいた。
今度は特に考える様子もなく、多分直感で真ん中よりちょっと左下のヒモを引いた。
「おっ、ちょっと重いよ!」
先輩はその重さで当たりを確信したらしく、ニヤッと笑って、ちょっともったいぶりながら引き上げた。
「お嬢ちゃん良かったね。それ結構いいやつだよ!」
それは、目当てのミキサー、ではなく、通販番組でよくやってる、よく切れる包丁ほか5点セットだった
「えー、こうなりました……」
格好付けた手前、中途半端な結果になったのが恥ずかしいのか、先輩は顔をちょっと赤くしてその箱が入った袋を私に差し出した。
微妙に肩を落とした感じの先輩は、諦めきれなさそうな顔をしていたけど、約束通り、もう1回、とは言わなかった。
私がそれを受け取ると、どちらともなく学校への帰り道につく。
「実は、これのお返しに、ってつもりだったんだけど……」
境内から出たところで、ションボリ気味の先輩は、首に巻いている茶色のマフラーに触りながらそう言ってきた。
それは私が去年のクリスマスにあげたもので、そのとき、自分は用意してなかった事を気にしている様子だった。
「別にそういうのは無くても良かったんですよ? 渡したときも言いましたけど」
「楓さんはそう言うけど、流石にどうかと思って……」
いや、まあ、当てくじの景品っていうのも、十分アレなんだけど、と、視線をどんどん足元に落としながら、先輩はもにょもにょ付け加えた。
どうやら今になって、自分のやってることがあんまり良くないかも、と思い始めたらしい。
私は別に、そういうのは気にしないんだけどな……。
多分先輩の父親が、その辺も細かいのかもしれない。
「まあ、値段とかより気持ちですし、結局私が主に使うんですから、これでいいですよ」
こっちもこっちで使い道がありますし、私としては大助かりです、と付け加えておいた。
「そっか……。なら良かった……。――あっ、ちゃんと気持ちはたっぷりだからね!」
「分かってますよ。ありがとうございます」
わたわた、といった感じで、余計なまでに念を押してくる先輩は、私がクスッと笑いながら答えると、安心した様子で1つ大きく息を吐いた。
「せっかくお汁粉ありますし、帰ったら飲みますか」
「そうだねー。ところで、それ重いでしょ。持とっか?」
「いいです。大した事ないんで」
私は包丁セットが入った袋を、ひょいと肩の高さまで持ち上げてから、左手に持ち替えた。
「手、
「うん」
帰りと同じ様に、私は先輩と指を絡めて手を繋いだ。
さっきまで顔を真っ赤にしていたせいか、行きよりも先輩の手は温かかった。
そのまま特に会話もなく、校門の内側に入ったところで、
「あ、先輩。ちゃんと言えてなかったんですけど、あけましておめでとうございます」
半分寝ぼけていたのを思い出して、立ち止まった私は、改めて先輩にそう挨拶した。
「おめでとう。今年もよろしくねー」
「はい」
私と同じ様に
今年も、ね……。
こうやって言いあえるのも、あと1回だけなんだ、という事に思い至って、今も吹いている冷たい風みたいな寂しさを感じた。
「楓さん?」
寒い寒い、と言いながら歩き出そうとした先輩は、動かない私に首を
「すいません。ボーッとしてました」
さっき心に感じたものを隅に追いやった私は、先輩に歩幅を合わせて歩き出した。
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