第41話

 さっさと箱をくくって片づけた私は、足早に旅館の方に行って、あまり地元の人と会わない様、若い仲居さんの女の子コンビと一緒にリネンを洗濯する手伝いをする。


 5時ぐらいまで色々とやってから、先輩にそろそろ帰ります、と連絡しようとポケットに手を突っ込むと、携帯がポケットに入ってなかった。


 あれ、部屋に置きっぱなしだったっけ。


 コートを羽織りながら、自分の部屋へと急いで向かう。


 電気を点けて部屋を見回すと、机の上に携帯が置いてあった。


 それを回収してふと床を見ると、片づけ作業をしていた所に、少し折り目の付いた黄色い洋封筒が落ちていた。


 確かそこはちょうど座っていたところだったはずだから、多分バッグが引っくり返ったときに落ちて、そこに私が、っていうところかな。


 もしかして俗に言う、ラブレターってやつ?


 だとしたら、ちょっと出した人が可愛そうだったかも、と思いながら封を開けてみる。


 その送り主の欄に書いてあったのは、少し小さかったけど、紛れもなく『あの子』の名前だった。


「――ッ!」


 私は内容を見る前に、思わず慌ててそれを閉じてしまった。


 多分、何か言いたくてバッグに入れたのを、私が気がつかなかったんだろう。


 それは、見ないといけない物なんだろうけど、もう一度開く勇気は湧かなかった。


 どうしようか、と手に持ったままいると、


「楓ー! ご飯食べていかなーい?」


 お母さんが下からそう私を呼んできた。


「あー、大丈夫!」


 ひとまず、ズボンのポケットに手紙を折って突っ込んでから、電気を消してそう言いながら下に降りる。


「ああ、あの先輩ちゃんが待ってるのね」

「まあ、そんなとこー」

「せっかくだしおかず持って行きなさい。ドタキャン出て2人前余ってるんだよね」

「お刺身とか?」

「それは他のお客さんにサービスしたよ。天ぷらとおひたしね。あ、先輩ちゃんアレルギーある?」

「ないと思うよ。あるって聞いたこと無いし」

「あいよ。タッパーに詰めるからちょっとまってね」

「うん」

「あと、和之かずゆき叔父さんが帰り送ってくれるってさ」

「え、いいの?」


 バスで帰るつもりだったけど、叔父さんが私に夜道を歩かせたくないから、って理由でそういうことになったらしい。


 せっかくだからその厚意に甘えて、学校まで叔父さんの車で送ってもらった。


 管理棟の事務室にいる、寮の管理人さんに帰ったことを伝えて私は寮へと戻る。


 相変わらず、ほとんど吹きさらしの寒い渡り廊下を歩いていると、


「おっ、高木ちゃん帰ってきた」

福嶋ふくしま先輩?」


 女子寮の入り口の前で、コート姿の福嶋先輩と遭遇した。


 しっかりマフラーを巻いてるし、どうも、偶然というよりは待ってたらしい。


「20分ぐらい、いい? ひびき待たせてるなら後でも良いけど」

「あ、はい。予定より早く帰ってきてるんで大丈夫ですよ」

「ならよかった」


 小さく微笑んだ福嶋先輩は、じゃあこっち来て、と言って学食の風防室へと向かって行く。


 当然、フロアは真っ暗だったけど、そこは自販機の明かりでそれなりに明るい。その廃熱のおかげで温度もそこまで低くはない。


「ちょっと前に、響のお父さんからなんか言われたんだって?」

「ああ、はい。……なんで分かったんですか?」

「知り合いの子が、なんかあなたが絡まれてるのを見たって話してて」

「なるほど」


 聞くところによると、どうやらその子が、あのとき先生を呼んでくれたらしい。


 あとでお礼いわなきゃな。


 福嶋先輩に内容を聞かれたので、成績が下がった理由を自分のせいにされた、ということを話した。


「あの人の言うことは、あんまり気にしないでいいから」


 ちょっとヒステリックなところがあるんだよ、と、またか、といった様子でそう言ってくれた。


「確か昔は、そんな人じゃなかったんだけどね……」

「奥さんが亡くなったりとかして、ああなったんですか?」


 あっ、しまった。本人がいないっていっても踏み込んじゃった。


「そうだね。響、話してくれたんだ」

「ああいえ、勝手に予想しただけというか……」

「なるほど。鋭いね高木ちゃん」


 多分私が、異様に焦った様子なのを見て、ん? という顔だけをして福嶋先輩は言う。


「その、あんまり、よその家の事を話さない方がいいんじゃ……」

「分かってる。高木ちゃんだから話してるんだよ」


 頷きながらそういう福嶋先輩は、間違ってもふざけた様子には見えない顔で、真っ直ぐ私を見てそう言う。


「吉野先輩が、私を信用してるから、ですか」

「そうそう」


 その話の早さも理由ではあるんだよね、と言う福嶋先輩は、一瞬だけ笑みを交えつつ私の肩に触れてくる。


「まあ一番の理由は、ちゃんと境界線が見えてて、ずけずけ踏み込んでいかないところだよ」

「はあ……」


 ――その期待みたいなものが、私にはとてつもなく重い。


「でも、君にはその一線を越える覚悟だけは持ってて欲しいんだ。いやまあ、私の勝手なのはわかってるから、無理にとは言わないけど」


 そう言った福嶋先輩は、憂いていそうな表情を見せる。


「私がいる限り、あの人は寮にまで乗り込んでくる、みたいなことはしないだろうけど、卒業してからは分からないんだよね」


 そんなときのために、って理由で、福嶋先輩は私に連絡先交換を申し出てくる。


「はい、それは良いですよ」

「ん。ありがと」


 お互いに携帯を出して、電話番号とメッセージアプリのIDを交換した。

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