第43話

                    *



「おかえりー」


 言ってた時間ギリギリで帰った私が、ただいま、と言って部屋に入ると、いつも通りのほわほわした様子で先輩は迎えてくれた。


「ふふふ、ちゃんと頼まれてたもの全部買ってきたよ」


 5回ぐらい確認したから間違いないよー、と先輩は冷蔵庫を開けてドヤ顔した。


「はい。お疲れさまです。別に疑ってませんから」

「わーい。で、それなに?」

「今晩のおかずです。実家からもらってきました」

「えっ、あの旅館の?」

「はい。天ぷらです」

「おおー。やったぜ!」

「頑張った甲斐ありましたね」

「うんうん!」


 無邪気にバンザイした後、それが入ったビニール袋を持ってくれた先輩は、パタパタと居間に持って行こうとする。


「あ、先輩。暖めますから置いといて待ってて下さい」

「うーい……」


 くーきゅる、とお腹を鳴らす先輩は、ショボーンの顔文字みたいな顔をして袋を返してくれた。


 本当、この辺可愛いんだよなあ……。


 洗面所で手を洗いながら、しなびた様子で居間に戻っていった、先輩を思い出して私は思わずにやける。


 パッパッと洗ってから、板前さんから聞いた通り、オーブンレンジを使って天ぷらを温め直す。


 2品だけってのも味気ないから、ネギと豆腐を使ったみそ汁も作り始める。


 すると、ひょこっと顔を出したり引っ込めたりして、様子をチラチラ覗いてくる。


「子どもですか」

「あはは。いやねえ、待ちきれなくてさ」


 突っ込むと、えへえへ、とイタズラがバレた子みたいな感じで、テーブルの方へと歩いて行った。


 ああいうの見て、かわいい、って思うのは多分、親戚の子とか子どもを可愛い、と思うみたいな感じであって……。


 豆腐を手の上で切って、良い感じに煮えている出汁の中に入れて、青ネギをキッチンばさみで切って入れる。

 少ししてから火を止めると、味噌みそを溶き入れて完成させた。

 

 でも「好き」なのって、どんな感じか分かんないんだよな……。

 

 福嶋先輩が感じたものが何なのか、勢いで聞いとけば良かった。改めて聞くのは、なんか気恥ずかしいし。


 ……。あれ、なんでそんな事が気になるんだろう?


 どうもこの頃、こんな感じに自分が考えていた事が、よく分からなくなる事がある。


 たまたま、先輩の家庭の事情をのぞき込んでる、ってのも関係あるのかな……?


 そんな事を考えている内に、チン、とオーブンが鳴った。見た感じ、確かにサクサクそうな感じに仕上がっていた。


 ベルの音を聞きつけて、先輩がまた顔をひょこっと出して、わさわさ動いている気配を背中に感じる。


「先輩、もう少しですからね。待ってて下さい」

「ひょえっ。なんで分かったの?」

「うーん。何となく、ですかね」


 目をかっ開いて、エスパー? と訊いてくる先輩に、振り返った私は苦笑いを交えながらそう答えた。


「うえっへっへっ。良い匂い」


 一応網付きパッドに天ぷらをのっけると、先輩がフラフラッとやってきて、その匂いをすんすんと嗅ぐ。


「早く食べようよー」

「それも良いですけど、どうせならもう一手間かけませんか?」

「というとー?」


 うずうずしてる様子の先輩が、首を傾げながらそう訊いてきたけど、私は、さてなんでしょう、と言って上の棚からどんぶりを出した。


「あっ。天丼だ!」

「正解です」

「天つゆ作らなきゃだね」

「それは大丈夫です。もらってますので」


 私がまだ袋の中に残っていた、お弁当用のつゆ入れのボトルを2本取りだした。


「うわっほい! 家で旅館の味とかリッチ!」

「基準がささやかすぎません?」


 両手を突き上げて大喜びする先輩を半笑いで横目に、私はどんぶりにご飯を盛っていく。


 エビ天やらマイタケ天やらを、どっかのグルメ番組で見た様に盛り付けて、天つゆをなるべく均一になるように回しかける。


「あっ、先輩。私運びますよ」

「だいじょーぶ。自分でやるから」

「無理っぽいなら助け呼んで下さいね」

「へーい」


 先輩が自分でどんぶりを持っていくのを見て、止めようと思ったけど、やる気満々だったからやめておいた。


 落とさないようにのそのそ歩いているから、その間を利用しておひたしとかみそ汁とかを盛り付けて盆の上に置く。


 並べ終わったときに、先輩は無事にゴールのテーブルにたどり着いていた。


 箸を持ってわくわくしている先輩の前に、おわんと小鉢を先に置いてから自分の分を並べる。


「いただきまーす」

「いただきます」


 食べる前から幸せそうな先輩は、マイタケ天をご飯に乗せて、大口を開けて口に入れる。


 もごもご、と何度かんで飲み下してから、


「うまー……」


 先輩は目を閉じてしみじみそう言いつつ天を仰ぐ。


「いやあ、オーブンで温めるだけで大分違うねえ」

「ですねえ」


 さらに幸せそうな感じが加速している先輩を見ると、私も幸せというかそういうものを感じる。


「ゆっくり食べて下さいね」

「んー」


 これがなんか、感情のときに感じる感覚なんだろうか……。


 エビ天を食べながら、私は注意喚起されてゆっくりかき込む先輩を眺める。


 あっ、結構大きいエビだ。


「うまぁい」


 ……いやいやいや、だからなんでそういうことを考えてるの私……。


 先輩は私の事を多分、お母さんみたいって思ってるから、私は娘みたいに思ってるというか……。


 いや、なんで私の気持ちの話なのに、先輩の事が先に出てくるの?


 でも本当にそういう関係なら……。……なら、なに……?


 そんな結論がでそうにない事を考えて、箸でつまんでいたお米がぽろっと落ちた。

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