第15話
「うう……」
精神的に疲れた私は、先輩に肩を借りながら、自販機が置いてある自習室に来ていた。
そこには、自販機が4つほど並んでいる向かいの壁沿いに、長テーブルと椅子が置いてある。私と先輩はその1番奥の机の、先端側で向かい合って座っている。
何も出し物をやってない、特別教室棟の1階だからか、自習室には私達以外誰も居ない。
「高木さんにも苦手なものってあるんだね」
「そりゃありますよ……」
机に肘を突いて少し猫背気味に座る先輩は、私の意外な一面を知れたからか、とても満足そうな顔をしていた。
「なに笑ってるんですか……」
「んー。楓さん可愛いな、って思って」
「……それはどうも」
ほんの少しドギマギしながら、私は先輩のおごってくれたミルクティーを飲んだ。
「それにしても、すっごいお化け屋敷じゃなかった?」
「床に目びっしりとか、寿命縮まりましたよ……」
「プロジェクターって、ああいう使い方も出来るんだねー」
坂田さんによれば、オカルト研の子が張り切って、衣装とかセットを全部デザインしたのは良かったんだけど、クラスの男子が悪ノリしすぎて、もの
あれだけ怖ければ、人が並んでないもの仕方ないよね……。
今夜夢に出てきそうだなあ、と思って、ため息を1つ吐いた私に、
「じゃあ、気を取り直してご飯食べよっか、楓さん」
相変わらずにこやかな先輩は、パンフレットの
それを見ると、お化け屋敷と早押しクイズ以外、ことごとくどのクラスもネタ被りを起こしていた。
ちなみに、模擬店をやっているのは1年2年の計16クラスで、3年生の8クラスは部活の出し物と3日目の体育祭準備を担当している。
「バリエーション少ないですね……」
「現実的なやつ選んだんならしょうが無いよ」
「まあ、そうですね」
「あ、ねえねえ。この1年4組の男女逆転喫茶ってなんだろ」
「ああ。男子が女装して女子が男装するヤツですよ。ウチのクラス、裁縫得意な子が何人かいるので」
「えっ、楓さんのクラス!? 楓さんもタキシードとか着るのっ!?」
私のクラスだと聞いた途端、
「ええまあ。って言っても、今日の終わり際だけですけどね」
「そうなんだ……。ねえ、私も行って良い?」
「はい。別にかまいませんけど。なんで訊くんですか?」
「いやー、その恥ずかしいかなって思って」
「みんなやってますし、別にそんな事無いですよ」
先輩はニマニマしながら、分かった、絶対行くねー、とご
「ところで、先輩のクラスは何やるんですか?」
「ん? 茶店だよ」
「あ、じゃあ着物とか着るんですね」
「それは茶道部の方で、ウチは体操服にエプロンなんだよね……」
お返しに見せたいとこだけど、と残念そうに苦笑いしながら先輩はそう言った。
ややあって。
まず2年8組のジャズ喫茶に行ってみよう、ということになり、私と先輩は教室棟の一番先にあるそこへ向かって廊下を進む。
2年生とすれ違う度に、先輩は親しげに話しかけられたり、あこがれの視線を向けられたりしていて、私はその人望の厚さを改めて実感していた。
そんな感じで、教室棟の突き当たりに近づくと、教室前に人だかりが出来ていた。
別に列が出来ているわけじゃない様で、最後尾の看板を持っている人は、入り口、と書かれた、後ろの戸のすぐ近くに居た。
「あれ? 申請ってジャズ喫茶でしたよね?」
その教室内からは、なんだかもの凄くロックな感じの音楽が漏れ聞こえていた。
「一応、指示とかした方が良いんですかね。先輩」
「まあ、あんまり口うるさく言うのもあれだし、しなくていいと思うよ」
ややグレーゾーンだったけど、会長権限で白になったので、私達は単純にお客さんとして教室に入った。
教室内にはそれなりにお客さんが入っていて、私達は最後尾の出入り口近くに通された。
机をいくつか合体させたテーブルにつくお客さんも、最前列で身体を小さく揺らしている地味めな女の子以外、圧倒されて
ギターを弾く子の横にいるジャズ研の人達も、もの凄く楽しそうに演奏していた。
そんな演奏が終わると、私と先輩を含めた全員が、汗だくで
知り合いなのか、最前列にいる女の子にウィンクをしたギターの彼女は、次の人と入れ替わりで入り口の方にはけていった。
「何か凄かったですね、さっきの人」
「うん。プロの方とかなのかな?」
「そうかもしれませんね」
パンケーキにかけるものと飲み物が書いてあるメニューを眺めながら、2人でそんな話をしていると、このクラスの女子生徒の店員が注文を取りに来た。
スカーフを取った制服に、腰巻きエプロン姿の彼女へ、私はとりあえず一番上に書いてあるクリームとブルーベリーソースを注文した。
「じゃあ私はこの、チョコソースでお願いします」
別のものを頼もうとした先輩だったけど、私の頼んだ組み合わせ以外は品切れ、と言われた。
「じゃあ、同じもので……」
なので先輩は、悲しみを背負った様な顔をして、店員の女子へそう言った。
どんよりとため息を吐いてから、先輩はストローでジュースをちびちび吸い始めた。
そんなにチョコ好きなんだなあ。先輩。
今度作ってあげよう、と思っていると、さっきのギターの子が、後ろの出入り口から入ってきた。
ウィンクをした子へにこやかに何かを言いながら、彼女はその向かいの席に座る。
ギターの子がずっと楽しそうに
彼女達は、パンケーキを「はい、あーん」で分け合ったり、ジュースを回し飲みしたりして、とにかく仲が良いのが伝わってくる。
ああいうのって、親友してる、って感じで羨ましいなあ。……。羨ましい? ほぼ毎日、先輩に似たようなことしてるし、先輩からされてるのに……?
彼女らの様子をチラチラ見ていた私は、なんでそんな風に思ったのかを不思議に思っていると、
「ねえ高木さん。その……、高木さんはああいうのって好きなの?」
「はい?」
「ああ、えっとその、音楽の話ね」
そんな私を見てたっぽい先輩が、何故かもじもじしながらそう訊いてきた。
ああ、さっき
どっちかと言えば、私は静かめなポップが好みなので、その手の有名なバンドとかを答えた。
それ以上は興味が湧かなかったらしく、なるほど、とだけ言った先輩は、次の演奏が始まったステージを見始めた。
先輩って、最近音楽に興味があるんだ。知らなかった。
一緒に住んでても、まだまだ知らない事だらけだなあ、なんて思っていたら、ベランダにタープテントを立てた調理場から、良い具合に焼けたパンケーキが運ばれてきた。
「おー、本格的」
正直、単なるホットケーキの延長かと思っていたけれど、食べてみると生地がふわふわでソースもクリームも
「何これ美味しい……」
先輩もいたく感心している様子だった。
後で聞いた話だと、このクラスのある女子生徒の伯父さんがカフェをやっていて、その人からレシピを聞いてきたらしい。
ウチのクラスも、ここからちょっと離れた街でレストランをやっている、図書委員の女子生徒のいとこのお兄さんから聞いたやつで、簡単だけど味の良いナポリタンを作っている。
そんな人脈の広さに、改めてここが元々お嬢様学校なことを実感させられる。
せっかくだし、しばらく演奏を聴いてから、私と先輩は模擬店回りを始めた。
なんだかんだ食べたり展示を見たりしている内に、私のシフトの時間が近づいて来た。
「じゃあ、教室で待ってて下さい」
私は廊下にある自分のロッカーから、自分の衣装を出しながら、ウキウキしている様子の先輩にそう言った。
「わかった」
先輩がそう答えて、鼻歌交じりに私のクラスへと入ろうとしたとき、
「おーい
体育館に向かう渡り廊下方向から走ってやって来た、演劇部の副部長さんが先輩にそう言った。
「あっ、うん。今行く」
ニコニコ笑って演劇部副部長へそう言った後、私の方を振り返った先輩は、一瞬だけ泣きそうな顔をしていた。
「早く終わると良いですね」
「うう……」
思いきり後ろ髪を引かれながら、先輩は体育館へと向かっていった。
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