第53話

「えっ、ええッ!?」


 なんかいろんな感情が混ざってるらしい先輩は、目をかっ開きながらフニャッと笑って頭を抱えて泣き止む、っていうややこしい事になっている。


「……ええっとその、LOVE……、の方だよね……?」

「ふふっ。はい」

「もー、な、何で笑……。プグ……ッ」


 先輩の発音がやたらと良くて、私がつい噴きだしてしまうと、先輩も誘われたみたいで、私達は一緒に笑い出して止まらなくなった。


「あー……。あの、私、結構好きって言ってたんだけど、楓さんとそれと同じ、なんだよね。あっその、楓さん好きですっ!」


 一世一代、という感じで、先輩もあたふたしながら私へ向かってそう告白してきた。


 そうだろうとは思っていたけど、一方的な感情じゃなかった、というのが確定して、私は大きく息を吐き出して一安心する。


「あーその。両思い、ですね」

「だ、ねえ」


 多分お互い経験が無いのか、気が利いてないとかそんなレベルじゃ無い、ひどいやりとりをしてしまった。


「実は結構前から、先輩がそうだってのは気付いてました……」

「ふぇっ、そうだったの!?」

「はい」

がわから見てて丸わかりだったわよ」


 いつの間にか台所の方に行ってたらしい福嶋先輩が、ひょこっと顔を覗かせて私達に言ってくる。


「なぬ……。隠してるつもりだったのに……」

「役員人事に私情バリバリ混ぜといて何言ってるの」


 ま、私とこの子だけしか気が付いてないから安心しなさい、と福嶋先輩はクスリと笑っている。


「割と気使ってたんだけどなぁ……」

「分かってみれば杞憂きゆうでしたね」

「いや本当」


 遠慮しすぎていた事を笑い合った後、


「で、あの人のめちゃくちゃさは知ってると思うけど、なんか策があるんだね高木ちゃん」


 少し緩んだ空気を引き締める様に、福嶋先輩がそう言った。


「ええまあ。出来れば、私の手に負える範囲で終わってくれると良いんですけど」


 それは完全に伝家の宝刀で、使わないで済むなら、正直それに越したことは無いものだから、正攻法でなんとかしたいとは思っている。


「そうなるように、私の方でも何とか手を打ってみるよ」

「お願いします」


 福嶋先輩の言うそれがどういうものかは知らないけど、私1人だけで先輩を守るよりは心強く思えた。


「ねえ。私に出来ることは?」


 これまでいくつも自分でやってきたからか、先輩は当たり前の様にそう訊いてきた。


 他の誰でもなく先輩らしいその言葉に、私と福嶋先輩は顔を見合わせて、微笑みながら小さく頷くと、


「大丈夫です。先輩はひとまず心を休めていて下さい」

「そうそう。それに響あなた、卒業式でもスピーチでしょ? その事に集中してて」


 私達はその手を片方ずつ両手で握って答えた。


「あー、そうだね。ありがとう、2人とも」


 ゆっくりと笑みを浮かべている、先輩の瞳の奥がなんだか輝いて見えた。


 ややあって。


 ひとまず今日は遅いから、と福嶋先輩を見送った後、先輩のためにおかゆを作りながら、


 さてと、が効かないならお手上げだから、最後の手段は結構な賭けだよな……。


 十中八九効果はあるとは思うけど、まあこればっかりは祈るしか無い。


 カリカリ梅を刻んだのと、しそふりかけを混ぜたおかゆをよそって、こたつで待っている先輩の元へ持って行った。


「あの、先輩。少し話したい事があってですね――」


 私だけ事情を知ってるのもフェアじゃ無いから、先輩には言ってなかった、私の事情も一から十まで全部伝えた。


 ちょっと前まで、あんなに言うのを躊躇ためらっていたのに、本当の事が分かったからか、話している間にそういうものを一切感じなかった。


「あー、だからあんなに慎重だったんだ」

「なんで、その辺に特別気を使える、っていうわけじゃないんですよ」


 手をぱちん、と打ち鳴らして何回か頷いた先輩へ、私は騙すような真似してすいません、と謝った。


「騙すなんてそんな。だいたい、自分は間違いなくそういう人だ、って信じてる人ほどそうじゃないし、楓さんは上手くやってたと思うけどね」

「先輩がそういうなら、出来てたんですね。私……」

「おっ、なんかそう言われると責任重大だ」


 こたつに長いため息と共に突っ伏した私へ、少し嬉しそうな声で言って、横に回った先輩は頭をよしよしと撫でてきた。


「でも良かったね。ちゃんとその子を助けられてたんだから」

「はい……」


 顔を上げた私の頭を先輩がそっと胸に抱き寄せて、ねぎらう様に背中をポンポンと叩いてきた。


「もう少し、うまく出来れば良かったんですけどね……」

「まあまあ、全部が全部完璧なんて、だいたい無理なんだから仕方ないよ」


 私が言うと説得力あるでしょ、と先輩はちょっと自虐気味に言った。


「……コメントしづらいんですけど」

「あはは。そうだね」


 てへ、みたいな感じで、先輩は小さく舌を出しておどけた。


「いやまあ、否定はしませんけど」

「もうちょっと容赦とかさあー……」

「ふふ。すいません」


 先輩はオーバーにしょぼんとした顔をしたけど、私と一緒にクスクスと笑い始めた。



                    *



 1週間後に返ってきたテストは、やっぱり先輩の自己採点通りで、流石は先輩といったところだけど、今回ばっかりは素直に言いづらい。


 こういう場合だと、先輩はまたなんか具合を悪くするところだけど、全然動じる様子は無くて、今日のスピーチの方を心配してる様だった。


 そんな中、どんな手を使ったのか分からないけど、福嶋先輩から昨日先輩の父親が、転校させようとしてる先の高校へ、手続きの書類を提出した事を知らされた。


 でも、先輩の同意書が無いから、受理の前段階で止めているらしい。


 福嶋先輩の卒業を待つかと思ってたけど、案外早かったな。


 多分その事は知っているだろうけど、私のプレッシャーにならない様にか何も言ってこなかった。


 その代わりに弁当を詰めていた、私の事を後ろからぎゅっと抱きしめてきた。


「きっと上手く行くよね」

「はい」


 耳元でささやいてきた先輩の言葉は、どっちの意味かは分からない。


 まあ、どっちもだろうけど。


「じゃあその、ありきたりですけど頑張って下さい」

「うん」


 先輩は私の言葉に一言そう返すと、私の匂いを嗅ぐみたいに深呼吸した。


「……。もー、先輩。どこ触ろうとしてるんですかー?」

「あはは。ごめーん」


 服の中に手を入れて、イタズラをしてきそうだったから、肘で先輩の脇腹をぐりぐりして止めさせた。


「私も嫌じゃ無いですけど、時間とか考えて下さい」

「いやー、ごもっともです……」


 手を抜いてバックした先輩へ、私が振り返って言うと、ちろっと舌を出して謝った。


「あーでも、ちゅーしてくんないとやる気出ないかもー」

「ん。これでいいですか?」


 さっとほっぺにキスした私は、何ごとも無かったみたいに卵焼きを詰めていく。


「あー、うん。その……」


 顔は見えないけれど、どうせ、嬉しいけどそうじゃない、みたいな顔をしているんだろう。


「先輩、実は割とえっちなんですね」

「うう……。罪悪感凄いからやめてー……」


 両思いって分かってから、先輩はだんだん大胆になってる気がする。


「別に、私も割とやぶさかではないんですけど」


 あのまま行くと、私の方から欲しくなっちゃうし……。


 うんまあ、私も大概だね。


 自分も人の事を全然言えないから、少しほっぺに熱を感じながら苦笑いした。


 ひとまず、を頭の隅っこに置いといて、弁当をバンダナで包んだ私は、のんびりしてる先輩を急かしつつ朝の準備をする。


「よしと。じゃあ行きましょう先輩」

「りょーかい」


 弁当をかばんに入れて、私と先輩はいつも通りに並んで、それぞれの教室へと向かう。

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