第9話

 やっぱりというか何というか、先輩は演技がめちゃくちゃ上手かった。

 しかも、1週間前に台本を貰ったのに、先輩はもう完璧に内容を覚えていた。


 それに対して私は、台本を見てるのにかなりの回数詰まったりして、大分みんなの邪魔をしてしまった。

 でも、先輩がフォローしてくれたおかげで、2~3回通しで練習したら、ほぼそういう所はなくなっていた。


 そんな具合で、練習中は完璧超人ぶりを見せていた先輩だけど、


「うへへ……。これが楓さんの……」


 2人きりになった途端とたん、表情が緩みまくっているいつも通りの先輩になった。


 旅館の建物と離れがつながっていて、そこには、調理場と住み込みの従業員さん用の部屋がある。


 私の部屋は母屋おもやの2階にあって、道路を挟んで向こう側の砂浜と海が、西側の窓からよく見える。


 学校指定のジャージ姿の先輩は、部屋に入るなり右奥に置いてある、私のベッドにうつ伏せに寝っ転がって布団を掛けた。


「ふへー」

「勝手に使わないで下さい」

「すやー」

「起きて下さい」


 私は淡々とそう言って、布団を容赦なく引っぺがした。


「あー……」


 もの悲しそうな顔の先輩をスルーして、私がベッドの下の方に座ると、


「えへへ」


 身体を起こした先輩は、うれしそうな顔で私にくっついてきた。


「ちょ、先輩」


 先輩はそのまま私に寄りかかってきて、私は仰向(あおむ》けに押し倒される格好になった。


「んー……。楓さんの匂いだ……」


 私の胸に顔を埋める先輩は、深呼吸をしながら怪しくつぶやく。


「先輩、誰か来たらどうするんですか?」

「大丈夫ー。だって、そうならないためにここに――」 

「楓ー。あなたのお友達のご飯どうするのー?」


 油断しきっていた先輩は、下から聞こえてきた、私の母の声に驚いて跳ね起きた。


「あわわ……」


 母が階段を上がってくる音がして、先輩は慌ててモジャモジャの頭を整えだした。


「私が持って行くから大丈夫ー」


 私が部屋のふすまを開けてそう答えると、母は、りょうかーい、と返事して引き返していった。ちなみに、父は海外出張に出てて留守にしている。


「ほふう……」


 しばらくして、安心した様にため息を吐いた先輩は、ベッドに戻っていた私の方へやってきて、私の膝の上に頭を乗せた。

 私は下がショートパンツなので、先輩の体温が直に太股ふとももから伝わってくる。


「あのー、先輩……」

「ご飯のときに起こしてー……」


 それだけ言って寝息を立て始めた先輩は、どれだけ揺すっても起きる気配がなかった。

 全然懲りてないじゃないですか……。


「せんぱーい」

「すぴー……」


 脚がしびれてきたから、先輩をどけようとしたけど、腰にがっちりとしがみつかれていて出来なかった。


「まったくもう……」


 諦めてため息を吐いた私は、先輩の顔にかかった前髪を指でどかした。


「んふ……」


 幸せそうな顔でリラックスしている先輩の頭を、私はなんとなくそっと撫でる。


 やっぱり、疲れたのかな……?


 ただでさえ、慣れない場所で慣れない事をして、休みの日なのに気が休まらないんじゃ――。


「すべすべ……、ふともも……」


 無理も無いよね、と思った私の太股に、寝言でそう言いながら先輩が頬ずりしてきた。


「……」


 だらしないニヤケ顔をしている、先輩の腕を引っぺがした私は、先輩を起こさないように上の方にずれた。


 頭がマットレスに落ちて、ぬわーん……、とうなってもぞもぞしたけど、眠気に負けて撃沈する。


 そんな先輩の身体に布団を掛けて、部屋の電気を小さい方にしてから、私は母と祖母の手伝いに行った。


 


「ふえぇ……、楓さーん……」


 それが終わって、2人分の晩ご飯を持って部屋に帰ると、先輩は情けない顔と声で私を出迎えた。


「ご飯持ってきましたよ」


 私はとりあえず先輩に謝って、部屋の真ん中にあるちゃぶ台に2膳分置いた。

 私が帰ってきた事が嬉しかったみたいで、板前さんが張り切って、ものすごく手の込んだものをわざわざ作ってくれた。


「むーん……」


 電気を点けると、先輩はふくれっ面で抗議の目を向けてくる。


「あれ? 要らなかったんですか?」

「食べるー」


 いじけた顔でそう答えた先輩は、ベッドから降りて私の向かいに座った。

 そんな先輩だったけど、


「うまーい」


 近所の漁港でれた、新鮮な魚中心のメニューに、すっかり機嫌を直してくれた。

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