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たまには自分の事を気にせずに出かけてきて、って
大丈夫だとは思うけど、なんかあったらどうしよう……。
もし家の中の事故で大けが、みたいな緊急事態になったら駆けつけるのに1時間かかるよなあ、とふと思った瞬間そんな不安が頭をよぎった。
いや、響もしっかりしてる所はしてるし、そんな赤ちゃん扱いするのは失礼だけどね。まあ普段の行いが行いだから無いとも言い切れないのは事実なんだけど……。
とかなんとか、本人に言ったらむくれそうな事を考えていたところで、メッセージが届いた事を知らせる通知音が短く鳴った。
ん?
響の実家関係は特に怪しい動きはなくて、彼女とはしばらく連絡を取ってなかったから、もしやと思ってちょっと焦ったけど、
『ふふふ、彼女は預かったぞ!』
アプリで加工して変な顔になった、響と福嶋先輩の自宅ツーショット写真が送られてきて、それを見て噴き出しかけた私は身構えて損をした事をすぐに理解した。
『なんで誘拐犯風なんですか』
『いや、勝負は着いてるとはいえ、恋敵を出し抜いたみたいだしなーと』
『助けたいのかそうじゃないのかどっちなんですか……』
『あはは、ごめん。ま、というわけで安心して楽しんでね』
反応に困るメッセージを送ってきた福嶋先輩は、会話の締めに悪巧みのスタンプを送ってきた。
福嶋先輩はずっと響の事が好きだったらしくて、ゴタゴタが終わって余裕が出てきたところで、
ぽっと出の私が取っちゃった、って感じだよね……。
みたいな感じで、私は勝手に福嶋先輩へのちょっとした申し訳なさを抱えていた。
連絡をあんまり取ってなかったのはそういう所もあるんだけど、福嶋先輩は見抜いていたのかもしれない。
ともかく、福嶋先輩が付いてるなら安心して気にせず済む。
別に響の事が重しってわけでは全然ないし、むしろ頼ってこられて嬉しいんだけどね。
とは言っても、多少ちょっと遠慮してる事もあるから、普段は買いたい物だけをパッと買って帰る服屋をじっくり回ってみる事にした。
あ、セールやってる。
エスカレーターで2階に上がった正面にある、可愛い感じだけどシンプルなデザインが売りのブランドの店内に、サマーセールのポップが吊り下がっていた。
響連れてくれば良――いやいやいや、それじゃいつもと一緒だから。
無意識の内にどうして今日ここへ来たのかを忘れていた事に、私は内心で自分に自分でツッコミを入れて苦笑いした。
ふわっとした感じのパンツとかあるかな?
3割引の商品がぶら下がってるハンガーラックを探ってみると、私が探してるような物が結構大量にあった。
うーん、これとかはちょっと短いなあ……。
色がブラウンで素材が見た感じ良いなあ、と思って取ってみた物は丈が短いやつで、結構しっかり足が出てるものだった。
出来ればあんまり脚を出したくないから、後ろの編み上げが気に入ったけど戻した。
響なんかは脚が結構すらっとしてるし、こういうのは似合うんだろうなあ。
近くに同じ物を履いたマネキンがあって、それと響と重ねてみると良い感じになるんだろうな、と感じながら少し離れたところの物を確認する。
サロペットねえ……。
色はブラウンで丈が長いから良いんだけど、私は胴長気味だからあんまり着こなす自信がない。
響が確かこういうの好きだったっけ。
楽だから、みたいなゆるい理由でちょっと大きめのTシャツと合わせただけだったはずだけど、響は元が良いだけにそれでもかなり様になっていたのを覚えている。
ひたすら公園を回るみたいな、デートと言って良いのかどうか分らない事をしたときに着てて、響がやたらと幸せオーラをまき散らしていたのを思い出して頬が少し緩んだ。
あ、これなら良いかも。
元あったところに戻しながら、特によく見ずに取ってみた物が、裾の先にちょっとリブが入ったストレートパンツだった。
グレーの方がシュッとして見えるんだけど……。あ、あった。
手に取ったのがアイボリーでその近くを探ってみると、ちょうど良い感じに濃い目なグレーのやつがあった。
パンツはこれで良いとして、上ってどういうのがいいんだろ
近くにいた店員さんに訊いてみると、クロスステッチが入った上着にも使えるワンピースの下や、少しオーバーサイズのTシャツ、チュニックをオススメされた。
とりあえずチュニックとワンピース下の2つに絞った私は、試着室に入ってまずオフホワイトのシンプルなチュニック。次に彩度の低い青のワンピースを合わせてみた。
どっちがいいかな……。そうだ響に――。
鏡に映った自分を携帯で撮って意見を訊こう、としたところで、自分でツッコミを入れといたくせに、ずっと自分が響の事を考えていた事にはたと気が付いた。
どれだけ響が好きなんだろ、私。
私は声こそは出さなかったけど、人目に付かないのを良い事に、思いきりニヤニヤしてしまって抑えるのに結構手間がかかった。
*
他にもいこうと思ってたはずなのに、服を買ったら自然と私は駅に行く方面のバス停に向かっていた。
昼過ぎにアパートに帰ってきて、用意するのが面倒だったから、下のコンビニで冷やしうどんを買ってウチに戻った。
「あれ、もう帰ってきたの?」
「はい。なんか響に会いたくなっちゃったので」
「えへへ。嬉しいこと言ってくれるねぇ……」
「ちょっ、手洗ってないので抱き付きは待って下さい」
「ええー。後で私も洗うからー」
「もー」
「……おーい。私がいるの覚えてるカナー?」
テーブルにコンビニの袋を置いたところで、いつものように抱きついてきた響といちゃつきかけて、今日は福嶋先輩がいたのを思い出して私も響も少し距離をとった。
「す、すいません……?」
「いやいや、幸せそうで何より」
「あは……」
ジト目で見ていた福嶋先輩はフッと笑ってそう言った後、お役御免、とばかりにバッグを拾って肩にかけた。
「じゃあまた来るね」
「うん。今度は3人でお家流しそうめんでもしよー」
「おっけ。じゃあ竹持ってくるね」
「いや、ウチでやったら怒られますよ」
そんな力の抜けた会話をして、ほんの少しだけ寂しそうな笑みを浮かべながら福嶋先輩は帰っていった。
「かーえでー」
「ひゃっ」
「で、どんなの買ったの?」
「チュニックとストレートパンツです。あと安売りだったので響用にサロペットも」
「もー、それじゃ私のこと忘れて無いじゃん?」
「無理言わないで下さい。愛する響を忘れるなんて1秒もできませんでしたよ」
ドアが閉まりきった所で響に後ろから抱きしめられて、あめ玉を転がすみたいな声で耳を息でくすぐられて言われたから、私は仕返しにちょっとキザっぽく言ってみた。
嫌ではないんだけど、なんかこそばゆい気持ちになったから、同じ目に遭って貰おうと思ったんだけど、
「はわ……、すごい直球……」
どうやら狙った通りになったらしく、私の脇から手を抜いた響は真っ赤にした顔を手で覆っていた。
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参考文献
【公式】earth music&ecology(アース ミュージック&エコロジー)ファッション通販のSTRIPE CLUB(https://stripe-club.com/earth1999/)
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