第10話
「美味しかったー」
全部食べ終わった先輩は、ご満悦の表情でそう言って、まだ座布団に座っている私の膝を枕にしてゴロゴロしだした。
「先輩、重いです」
「ほふー」
「すぐ寝ると太りますよ?」
「……せめて牛になるって言ってー」
早くお盆を下げたいのに、先輩が全然どいてくれないので、
「そういえば先輩」
「んー?」
「私、仲居さんにお盆下げるのを頼んだ、って言いましたっけ?」
「ほにゃーっ!?」
私はそう
「すいません、嘘です」
隙を見て立ち上がった私は、慌てて髪を直す先輩にすぐ謝ると、お盆を持って部屋から出た。
下げてから部屋に帰ってくると、今度はすごく不機嫌そうな顔でベッドに座って待っていた。
あっ、これはやり過ぎたかな……。
「あの、先ぱ――ッ!?」
私もベッドに座って、先輩に謝ろうとしたとき、突然、先輩がまた私を押し倒してきた。
「先輩……?」
先輩に
「さすがの私でも、嘘吐かれたら怒るよ?」
ものすごく
「……すいませんでした」
自分でも悪いことをした自覚はあるので、私は何も反論せずに素直に謝った。
「……だめ。許してあげない」
だけど先輩はそう言って、私の手首を押さえたまま覆い被さってきた。
「いや、あの……。本当に反省してますから……っ」
「だめ」
首筋に先輩の少し荒い息が当って、なんだか背中がぞわぞわする。
「じゃあ……、どうすれば……?」
先輩からする良い匂いのせいか、私の鼓動はどんどん早くなっていく。
「しばらく、このままでいてくれたら良いよ」
先輩はそう言って、やっと手を放してくれた。
「1人は……、嫌なの……」
私の耳元に口を近づけて、そう
「……本当に、すいませんでした」
私は先輩の優しさに甘えて、図に乗っていたのかもしれない。あのときから、何も変わってないんだな、私は……。
自由になった腕を先輩の背中に回して、私は先輩の身体をそっと抱き寄せた。
突然のことにちょっと驚いたらしく、先輩の身体がピクッと震えたけど、すぐに、クスリ、と
少しの間そうしていると、先輩は頭の高さを上げて、また私を見下ろす格好になった。
先輩の顔は真っ赤になっていて、なんだか緊張している様に見える。
「せん……、ぱい……?」
先輩は吐息を漏らして、ゆっくりと顔を近づけて来る。
このまま、私の顔まで下がり切ってしまえば――。
「楓ー、家族風呂、空いたわよー」
1階から母が私にそう言って、また階段を上がって来た。
我に返った先輩は慌てて横にずれて、転げ落ちるように床へ降りる。
「あ、はーい!」
上半身を起こした私は、普通の調子のふりをしてそう返事する。
……今のは、何だったんだろう……?
まだ私の心臓はバクバクしていて、熱も無いのに全身がとにかく熱い。
先輩の方は、なんでか頭を抱えてうんうん
「だそうなんで、一緒に入りましょう。先輩」
さっき心の奥から沸き上がってきた、何かよく分からない感覚を記憶の隅に追いやって、私は先輩にそう提案する。
「ふぇっ!? いいいい、いいの!?」
驚き半分、嬉しさ半分みたいな、変な顔をして先輩はそう言う。
ちょっと前に、お風呂をどうするか話をしたとき、私の家にあるお風呂に入る、と先輩は言っていた。だけど、流石(さすが)にそれはどうかと思って、家族風呂を予約しておいた。
「わざわざありがとう。楓さん」
それを説明すると先輩は、ふにゃり、と笑って喜んでくれた。
「牛乳ってあるの?」
「はい。たしか、コーヒー牛乳も置いて――」
タオルを手に持って、二人でお風呂がある棟へ行くために、ロビーを横切ろうとしたとき、
「あっ、高木さん……?」
お風呂に入りに来たらしい、前の学校のときの友達とばったり会った。
「あ、あ……」
私は最後に見たあの子の顔と、いなくなった日の教室に流れていた、重苦しい空気を思い出してしまった。
そのせいで私は過呼吸になって、その場にへたり込んだ。
「楓さん!?」
動揺している様子の先輩は私の顔をのぞき込みながら、背中を撫でて落ち着かせようとしてくれていた。
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