第35話
「んん……」
顔に光が当たる
今何時だろ……?
座椅子を枕にしてこたつで寝ていた私は、ゆるゆると起き上がって、天板の上に乗っているテレビのリモコンをとった。
テレビをつけると、そこに映ったのは首都圏の方の神社で、初詣客でごった返す参道をリポーターが中継していた。
画面右上の時計を見ると、時刻は朝の9時を回っていた。
あっちゃー……。完全に寝過ごした……。
ベタも良いところなミスに、私は苦笑いするしかない。
昨日の夜、私は先輩と2人で初日の出まで起きてよう、と意気込んで、モンエナまで飲んで張り切っていたけど、先輩も私も、多分2時ぐらいでものの見事に撃沈していた。
うーんこれ、起こした方が良いのかな……。
先輩は右はす向かいで、私のビーズクッションを上半身の下に敷いて、尋常じゃなく気持ち良さそうにすやすやしている。
早く知らせた方が良いのか、それとも、もう終わったことだから、そのまま寝かせるべきか、と悩んだけど、
……よし、10時になったら起こそう。
結局、幸せな時間が長い方が良いよね、という結論になって、先輩をそっとしておくことにした。
冬休み期間中、寮に残っている生徒は、一昨日買い物に行ったとき、中等部を含めて5人ぐらいしか見てないし、多分ほとんどいないらしい。
先輩はどうやらというか、やっぱり帰りたくないらしく、休み前に私の予定をそれとなく訊いてきていた。まあバレバレだったけど。
最初は私も旅館の手伝いとかしたかったし、帰ろうかとしていたけど、先輩を1人残すのは良心が痛むから、やっぱり残る事にした。
その事を母に連絡すると、いると手伝わせちゃって悪いから、という理由であっさり許可が出た。
……まあ、この前の合宿みたいな事が起きなてもなんだし、それで良かったのかもしれないけど。
そんな事を思い出しながら、番組表を出して何か面白いものがやってないか、と見ている内に、
「わーっ!?」
こたつの温もりに負けて寝落ちしてしまったらしく、先輩の嘆きの叫びで私はまた目を覚ました。
「か、楓さん……」
「はい……。あけましておめでとうございます……」
「あっうん。あけおめ……。じゃなくてぇ……」
先輩は私につられてそう返事したあと、
「ぬわーん……。頑張ったんだけどな……」
「仕方ないですよ。先輩はいつも早寝早起きなんですから」
「楓さんもだもんね……」
意気消沈って感じでうなだれる先輩に、私は
「ま、初日の出は仕方ないとして、初詣行きましょうか」
「うん、気を取り直してね……」
善は急げ、と行きたいところだけど、先輩の腹の虫が盛大に鳴いたから、先にご飯を食べる事になった。
まあ、私もお腹空いてたんだけど。
エアコンを付けてから、私はブランケットを肩にかけて、冷蔵庫へおせちを取りに行こうと立ち上がる。
「そういえばちゃんと見てなかったけど、中身ってどんな感じなの?」
先輩がこたつに肩まで刺さったまま、ゆるゆるした感じで訊いてきた。
「私も中身見てないんですよね。祖父が送ってくれたんですけど」
水玉のビニール風呂敷に包まれた、3段のお重をこたつの上に持って行って、私は先輩にそう答えた。
「良いお爺ちゃんだね。楓さん愛されてるー」
「時々度が過ぎて、母に怒られてますけどね」
「そんなもんだよ、お爺ちゃんってのは」
ですよね、と答えながら、私は先輩の表情を見たけど、
「何が入ってるかな?」
……少なくとも、先輩のお爺さんは普通だったらしい。
わくわくした様子で、お重を凝視している先輩に、無理してる感じとか陰みたいなのは特にないように見えた。
「じゃあ一番上から行きますよ」
「ばっちこい」
それに安心しながら、私はちょっともったいぶる感じで、お重を並べていく。
おせちの中身は海老が目立つぐらいで普通めだけど、ハムとかが入っていて、ちょっと若者向けに軸を寄せた感じだった。
「おー、美味しそうじゃーん」
「ハムばっかり食べないでくださいねー」
つまみ食いしようとする先輩の手をそっとはね除けて、ついてきたおしぼりと割り箸を渡した。
「じゃあいただき――まああああ!?」
箸を袋から出したところで、テレビの方をちらっと見た先輩が突然大声を出した。
「なんなんですか、いきなり」
「いやいやいや楓さん。だってこれ、すっごい良いやつだって……!」
ちょっと顔をしかめた私に、先輩はまた画面を指さしながら、プルプルと震えていた。
画面を見ると、芸能人がセレブの人と一緒に正月を楽しむ、みたいなコーナーで、目の前にあるそれと同じものが、老舗料亭の高級おせちと紹介されていた。
ナレーションが言うには、どうやら板長が自分の足で探してきた、全国各地の名品で作ったものだそうだ。
ちなみに、値段は10万円弱らしい。
「お爺ちゃん……」
いくら私のためだっていっても、張り切りすぎだよ……。
「愛され方がすごいね……」
「本当、こういう事だけはやることが極端なんですよね……」
ウキウキで注文したのが目に浮かんで、私はなんとも言えない苦笑いをするしかない。
私の10歳の誕生日に、どう考えても食べきれないサイズのケーキを買ってきて、もったいない、と祖父が母にクドクド説教されていたのを思い出した。
「まあ、それはともかくとして、早く食べて出かけましょうよ」
「あっ、うん。いただきます」
値段を聞いてぼけーっとしていた先輩は、私に促されて、真ん中の段に入っている数の子に手を付けた。
「どうです?」
「……楓さん」
「はい」
「私、数の子の認識が変わったかもしれない……」
「そんなにですか」
「そんなに」
「数の子ですよね?」
ちょっとオーバーなんじゃないかな、と思って食べてみたら、
「あっ、ほんとだ」
なんというかこう、プチプチ感とうまみの格が全然違うように感じた。
他にも色々食べてみたけど、値段が値段だけに、でっかい海老はもちろん、昆布締めのかんぴょうすら段違いに美味しかった。
「もう普通のおせちに戻れないかもしれない……」
「そこまで満足して貰えると、祖父も喜びますよ」
全種類食べた先輩は、ほわほわと幸せそうな顔でこたつに突っ伏していた。
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