3
大講堂で講義が始まって、教授がスライド黒板を上げた瞬間に、ぎっくり腰になって担架で運ばれたせいで、集中講座は
あ。携帯の電池切れてる。
というわけで帰る、と
うーん。新しいケーブル買わなきゃな……。ケース間違っちゃったし、結構痛いなあ……。
携帯は昨日変えたばっかりで、半分ぐらいまでは充電されていたけど、ずっと響と動画を見ていて無くなったから充電したはずだったけど、出来ていなかったらしい。
確か正門入ってすぐ横に電話ボックスがあったはず、というあやふやな記憶を頼りに大講堂を出て、私は仕方なくそこに向かう。
響、今朝出るときもの
1回似た感じで、ソースを膝にシャンパンファイトしたから、ちょっと心配だったりする。
まあ、流石に何回も、って事はないだろうけどね。
いくら響が、気を遣って食器を洗おうとして、洗剤を間違えて食洗機を泡だらけにする人でも、学習能力はちゃんとあるし。
自販機でコーヒーを買って崩した10円を何枚か持って、記憶通りの場所にあった電話ボックスで響に電話をかける。
「あー、響? 楓ですけど、教授がぎっくり腰で運ばれちゃって、講義中止になっちゃったんで、帰ってきますね」
『あ、うんっ! 分かった!』
あ、これは……。
やたらめったら声が上ずってたから、多分、私の物の何かを壊したんだろう。
「……響、お皿でも割ったんですか?」
黄色のペアマグあたりかな? と思って、そう訊いてみると、
『えっ、チガウヨ? なんで?』
なんかロボットみたいな声を出して否定してきて、もっと高い物かな、ぐらいは察した。
「いや、なんか慌ててるなあ、って気がしただ――あっ、お金切れちゃうんで、違うならいいです」
正直に言ったら怒らないのにな、と思いながら、私が、それじゃ、と早口で言ったところでお金が切れた。
まあ、本当に
――思い出は、これからいくらでも響と重ねていけるし。
結局、素直には謝ると思うから許してあげよう、と、なんだかんだ響に対する自分の甘さに、思わず頬を緩めると、ちょうど歩行者信号が青になった。
3分もあれば家のアパートには着くし、下のコンビニでなんかお菓子でも買ってあげよ。
どんなのが飛び出してくるか、みたいなのが、この頃はもう逆に楽しくなってきてる気がする。
ちっちゃい子の親ってこんな感じなのかも。
もしかして猫かもなあ、とか思いながら、あっという間に経由地のコンビニに着いた。
響が食べたいって言ってた、バスクチーズケーキを買って部屋の前に来ると、ちょうど5分ぐらい経っていた。
「ただいまー」
何も知らないみたいにして鍵を開けて入ると、やっぱりというか、こぼれたソースがテーブル上と、床にちょっと溜まっているのが見えた。
まーたやっちゃったかぁ。
「響ー?」
しょうが無い人だなあ、思いながら、すぐ右の方にある、水道の音がするユニットバスを覗いてみた。
床が濡れた奥のユニットバスにある便座のフタに携帯ケース、縦型洗濯機が洗面台の対面に置けてアコーディオンカーテンで仕切れる狭い洗面所の床、つまり私の足元にドライヤーと前の携帯が置かれていた。
そして、洗面水道水で指を冷やしている響、の光景が目に入った。
「……あー。なーるほど?」
それで大体、何があったかを、私はドアが閉まる音と同時に察した。
ソースを前の携帯にかけて、慌てて洗おうとしてシャワー使って壊してからの、ドライヤーが熱すぎて、放り投げて完全に壊したから、途方に暮れてた、ってところかな?
「かかかかかかかか――ッ」
よくそうなるなあ、と思わず半笑いすると、怒ったと思ったらしく、せわしなく目を左右に動かして慌て始めた。
「それ前のやつなんで、別に壊れても良いですよ。データも移しましたし」
「……へっ!? でもケース新しかったけど……」
「うっかり前の機種のを買ったんで、一応付けただけですよ」
「そ、そうなんだ……」
水を止めた響は、安心したのか空気が抜けるみたいに息を吐いて、床にしゃがみ込んだ。
「でも、隠そうとしたのは良くないですねぇ?」
1回隠したのに、お
「大変申し訳ありませんでしたァ!」
思った通り、響はすぐに非を認めて滑らかに土下座した。
「最初から素直に言って下さいよ。それなら怒りませんから」
「いやぁ、焦っちゃって……」
「だからちゃんと手元見て下さい、って言ったんですよー」
やっぱ、なんか許しちゃうんだよなー。
反省しているのは伝わったから、しゃがんで目線を合わせた私は、普通にクスッと笑って、白州の罪人みたいな感じで顔を上げる響を怒らずに言った。
「まあ、携帯は良いんですけど、火傷ですか?」
「あーうん、ちょっとだけね。冷やしたら大丈夫なぐらい」
冷やしていた手を見ると、あはは、と気まずそうに笑っている響の言うとおり、大した事なさそうだった。
「なら良かったです。物なら替わりを探せば良いですけど、響はそういうわけにはいかないんで」
響の家庭の事ももちろん、私の事とかも含めて、本当高校のときはいろいろあったけど、なんとか乗り越えて手に入れた幸せを、できる限り長く続けたいから。
「気を付けて下さいね。――私のためにもお願いします」
私は響をぎゅっと抱きしめて、その耳元でちょっと甘めの小声で言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます