第31話
*
それから少しして、1時間目を使った立ち会い演説会の日になった。
「またですか先輩」
「うう……」
また直前になって、ちゃんと出来るか不安になったらしく、体育館1階のトイレの個室で、私はビビってガクブルする先輩に抱きしめられていた。
「大丈夫ですよ。先輩なら」
「言っちゃえばそうかも知れないけど、それじゃ示しが付かないというか……」
それでも、今回は一段と不安らしくて、励ましの効果が薄い様に感じた。
「……じゃあ分かりました。その……、今日帰ったら、き、キスしても良いですよ」
「……ヘっ!?」
私が少し抑えめにそう言ったのを聞いて、先輩は一瞬遅れてビクッとした。
先輩と同じぐらい、そんな事を言ったのを自分でも驚いている。
「な、なんで急に……?」
「ほら、ご褒美が貰えるなら、やっぱり気合いが入るものじゃないですか」
「た、確かに」
半分こじつけみたいな理由だったけど、とりあえず納得して貰えたらしい。
「うん。なんか行けそうな気がする……!」
「その意気です先輩」
いかにも気合いが入った感じで、キリッとした顔になった先輩だったけど、
「それで、ええっと……。どこまでしてもいいの……?」
私の顔を赤らめながら上目遣いで見て、そうおずおずと訊いてきた。
これは、答えに困る質問を貰ってしまった……。
「ええっと、その、舌とかは無しで……」
「わ、わかった……」
そんな話をしたせいで、今更ながらお互い距離の近さを意識したみたいで、同時に両サイドの壁際まで下がった。
「……」
「……」
なんか目が合わせにくくて、私は先輩の手元とかの辺りを目線を
「響ー。具合悪い?」
そんな、なんとも言えない微妙な空気が、心配して見に来たらしい
「ううん。大丈夫!」
「それなら良いんだけど。バシッと決めて、高木ちゃんに良いとこ見せてやりなよ」
「分かった!」
唐突に私の名前が出てきたとき、いるのがバレたかと思って、2人してビクッとしたけど、ただの激励で胸をなで下ろした。
「そろそろ行きましょう先輩」
「だね」
福嶋先輩がいなくなってから、怪しまれない様に先輩が先に出て、私は少し時間を空けて、トイレから体育館に戻った。
正面の入り口から入って、舞台下の左側にある候補者席にいる先輩と、アイコンタクトをとってから自分の席に戻った。
「高木さん具合悪いの?」
「ちょっとだけね。でももう平気」
「なら良かった」
帰ってくるのが遅かったから、隣の女子の
それが晴れたところで、ちょうど司会進行の選管委員長の男子が、立ち会い演説会開始を告げた。
委員長は二、三説明した後、先輩と福嶋先輩へ登壇する様に指示を出した。
先輩はいつも通りの外向けの雰囲気を出しつつ、無駄のない所作で舞台へと上がって、舞台奥の方にあるパイプ椅子に座った。
先に演説台に立った福嶋先輩の応援演説があって、彼女はそれなりの拍手を受けた。
それが止んでから場所を交代して、いよいよ先輩の演説が始まった。
一応手元に原稿があるはずだけど、先輩は一切それを見ずにすらすらと話す。
あんなに不安がってはいたけど、この辺は流石だなぁ……。
内容としては、前期の実績のアピールと、後期最大のイベントである卒業生送別会のプランを発表した。
その中でも、出し物の話のときに、先生達の枠がある事を言ったところで、先生達も含めて会場に笑いが起こった。
最後は、先輩達への感謝と一緒に投票を呼びかけて、先輩は一礼した。
先輩の顔が上がると同時に、特に3年生の席の方から、割れんばかりの拍手が起きた。
拍手が鳴り止まない中、先輩は私の方を見て口元に笑みを浮かべてから、委員長の指示に従って降壇していった。
その後は、放課後にポスター類を校内のあちこちに貼って、あとは投票日を待つばかり、のはずだったんだけど、
「小さいポスターが1枚足りないんだけど、なんか知ってたりする?」
『選挙事務所』で、その数をチェックしていた福嶋先輩が気がついて、紛失事件が発覚した。
「ううん。高木さんは?」
「持ってきた後は
「刷ったときは数あったんだよね?」
「ええ、まあ。3回ぐらい確認しました……」
「うーん、じゃあ盗られた、なんてことは無いよね」
「盗るメリット無いもんね」
動揺している私を責める様な事はせず、先輩達は冷静に頭を捻っていた。
「まあ最悪、刷り直せばいいよ」
「だね」
先輩の提案を聞いて、福嶋先輩は早速、職員室へ行ってくる、と言って出かけていった。
だけど、
「響。原田くんが、全部刷り直ししちゃって無いって」
「あちゃー」
他の候補の人が印刷ミスをして、それ用の用紙が全部無くなっている事が分かった。
「まあこの際、1枚ぐらい普通紙で良いと思うよ。由希」
「それしかないね」
「すいません……」
先輩を助けるどころか、これじゃ足を引っ張っちゃってるじゃん……。
この有様だと、先輩の父親に反論が出来ない。
「まーまー、高木ちゃん。そんな事もあるって」
「そうそう。1回ミスしたって、もう1回しなきゃいいんだよ」
私が
「もしかしたら、どっかから出てくるかもしれないし、もう1回探してみない?」
「そうだね」
先輩の提案に福嶋先輩が真っ先に、私も少し遅れてそれに賛同して、一から探し直すことになった。
3人で部屋の中をひっくり返す様に探している最中、
……あ。そういえば、印刷終わったときに転んで、ばらまいたよな……。
印刷したときの事を思い返していた私は、もの凄く心当たりのある出来事を思い出した。
焦ってたせいか、記憶からうっかり抜け落ちていたらしい。
「吉野先輩」
「何か思い出した?」
「はい。あくまで可能性なんですけど――」
私は先輩に、転んでポスターをばらまいたときの事を説明した。
「じゃあきっと、その辺りに落ちてるんじゃないかな」
それを聞いた先輩は、ぽん、と手を打ってそう言った。
「よっし、じゃあ早速探しに行こう!」
「はい!」
それからすぐ、管理棟1階の印刷室近くへ駆け足気味に向かって、3人でポスターを探し始めた。
「高木さん、花瓶持ってて」
「はいはい」
廊下にある花瓶置き台の下を探すために、私が花瓶を持って先輩が台をずらす。
「よっ」
「ここには無いですね……」
だけど、
「あ! あったよ2人とも!」
花瓶とかを元の位置に戻したタイミングで、印刷室の中を探していた福嶋先輩が、そう声を上げながらポスターを手に駆け寄ってきた。
福嶋先輩
「いやあ、良かった良かった」
「ご迷惑おかけしました」
ポスターが無事に見つかって、胸をなで下ろした私達は、手分けして大急ぎでポスターを貼りに回った。
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