第30話

                    *



 寮の部屋に戻った私と先輩は、部屋着に着替えていつも通り晩ご飯作りにとりかかる。


「じゃあ、先輩は野菜を洗っといてください」

「がんばる!」


 といっても、先輩は野菜を洗ったらお役御免ごめんなんだけど。


「……そこまで気合い入れる必要あります?」

「もちろん! もしかしたら、手が滑って床に落ちるかもしれないし!」

「ウナギのつかみ取りじゃないんですから……」


 模型でも組み立てるみたいな顔で、真剣にニンジンをすすぎ始めようとする先輩だけど、


「うわーッ!」

「ちょっ!? 冷たっ!」


 力みすぎて一気に蛇口を全開にしたせいで、水が思い切り飛び散ってしまった。


「何やってんですか……」

「申し訳ない……」


 先輩の服のお腹周りだけじゃなくて、酒かすをお湯で溶かしていた、私の袖も巻き添えを喰ってれた。


 気を取り直して、先輩が奮闘しているのを横目に、私はちょっと大振りの椎茸しいたけを薄切りにする。


 次に、油揚げとこんにゃくをちょうど良いサイズに切ったところで、先輩が全部の野菜を洗い終えた。


 その野菜をピーラーで皮はぎしていると、


「それにしても、こっちだとサツマイモ入れるんだね」


 ザルに突っ込まれた、細身のそれを手に取った先輩が、感心した様子でそう訊いてきた。


「大体、何入れるものだったんです?」

「ジャガイモだよ」

 

 その流れでうっかり、先輩のお母さんの話題になりかねない事を私は訊いてしまった。


 危ない危ない……。


「あー、名産ですもんね」


 なんとか浅い知識の中から、その情報を引っ張り出しつつ、私はそこで話を切る事にした。


「ところで先輩。ひまでしょうから、洗濯物畳んどいて貰って良いですか?」

「あー、うん。いいよー」


 運良く、先輩のやることが無くなったときに、サツマイモの事を訊かれたおかげで、それは自然な流れで成功した。


 先輩がパタパタと脱衣所に向かったところで、私は声を出さない様に、安堵あんどのため息をいた。


 それから、皮をき終わった根菜類を扇切りに、サツマイモを皮ごと輪切りにして、1つにまとめてレンジでチンを始めた。


 暖めている間に、1番大きい鍋を使って私は豚こまをいためる。


 ちなみに先輩は、乾いたのを洗濯カゴに詰めて、居間へ持って行って畳んでいる。


 ちょっと肉の色が白っぽくなったところで、レンジのブザーが鳴った。


 素早くそれらが入った皿をシンクに置くと、上にかかるラップをはがして、中身を一気に鍋へ入れた。


 こんにゃくと油揚げも投入してから、ケトルで湧かしていたお湯を7分目ぐらいまでそそぐ。


 それに酒かす汁を9割方混ぜると、しばらくの間、大して手間がかからなくなる。


 火を若干落として、時々鍋をかき混ぜながら、


 ……あんな顔をするって事は、先輩のお母さんは、もう亡くなってる、んだろうな……。


 さっき見た、渡り廊下での先輩の様子を思い浮かべ、私はそんな事を考え始めた。


 予測でしかないけど、豚汁は先輩にとっては思い出の味で、私が作ると聞いたからそれを思い出したんだと思う。


 なら、同じ作り方をすれば喜んで――。


 ……いや、止めておこう、万が一の事があって、傷をえぐってしまうかもしれないし。


 私は先輩のように器用じゃないし、もし私と同じ様な状態になったら、私は何もしてあげられない。


 下手に何かしちゃうのはダメだ、っていうは、身をもって分かっているはずなのに、また悪い癖が出てしまった。


 もうその辺の事は考えないようにして、ぐつぐつと煮えている鍋の火を止めた。


 後は、冷蔵庫から出した味噌みそ適量と、残しておいた分の酒かす汁を入れれば完成だ。


 小皿にとって味見をすると、ちょうど良い感じの塩加減に仕上がっていた。


「楓さん、でーきたー?」


 小皿をシンクに置いたところで、畳んだタオルを抱えた先輩が来て、わくわくした様子でそう訊いてきた。


「ちょうど出来たところですよ」

「りょーかい! これしまっとくから、ご飯よそうとかやっといて」

「そんなにかかるんですか?」

「えっ、うん」


 私は目をジトッとさせてそう訊くと、案の定、面倒くさいからやって欲しかった様で、あからさまに目を逸らした。


「まあ、やっときますよ」


 このくらいの甘えは、たまには許してあげてもいいよね。


 そう思った私は、どんぶり茶碗ぢゃわんを2つ出しながら、目を泳がせる先輩へそう言った。


「……うん。ありがと」


 そう返した先輩は、足早に脱衣所に入ったけど、


「おわーっ!?」


 何かに引っかかりでもして転んだらしく、ドテッ、というやや重めの音がした。


「大丈夫ですか先輩ー」

「うん……。タオル以外は問題なーし……」


 心配してのぞきに行くと、五体投地状態で転がっている先輩と、その前方に散らかるタオル、という光景が目に飛び込んできた。


「私が畳み直すから、楓さんは続けて……」

「あっはい……」


 結果的に、私がご飯も含めてよそうより、先輩が戻ってくるのが遅くなった。


「膝、あざになるかもー……」

「痛み止めのヤツでも塗ります?」

「塗るー……」


 先に居間のローテーブルで座って待っていると、テンションダダ下がり状態で先輩はやって来て、痛み止めのローションを薬箱から出して塗った。


 私の向かいの、自分の茶碗ちゃわんが置かれた位置に先輩が座ったところで、


「そんじゃ、いただきまーす」

「いただきます」

 

 私達は手を合わせてそう言ってから、器を触った感じ、良い具合に冷めた豚汁をすする。


「ふえー……。やっぱりこの、いかにも暖まりそうな感じいいねぇ……」


 一啜りしたところで、先輩は器を置きながら、ご満悦、といった様子でそう言って息を1つ吐いた。


 それから、若干厚切りにしたサツマイモを1切れ口に入れた。どうやら意外に熱かったらしく、はふはふ言ってすぐ水を飲んだ。


 もの凄く美味しそうに食べる先輩を見てると、こっちとしても、毎回本当に作りがいがある。


「ん? なんか思い出し笑いでもしてる?」

「顔、笑ってました?」

「うん」


 じっと見ている私の視線に気がついた様で、先輩は小首をかしげながらそう訊いてきた。


「いや、先輩って何でも美味しそうに食べるなって」

「あ、そう?」


 それはどうもー、と言いながら、先輩はどんぶりを手に取って、汁をズズズ、と飲んだ。


「これ、ご飯入れても美味しいんですよね」

「おお。早速やってみよう」


 先輩は私からの情報を耳にして、中身が半分ほど減ったご飯茶碗を手に取った。


「分かってるとは思いますけど、全部入れると――」

「あっ」


 飛び散りますよ、と言い切る前に、ご飯の塊が汁にダイブして、ちょっとした水しぶきを立てた。


「先輩……」

「いやー、慣れないもんで……」


 気恥ずかしそうに笑う先輩へ、私はすかさずティッシュを3枚ほど渡した。


 慣れない、ってことは、あの父親のしつけで、ああいう事をやってなかったのかもしれない。


 ……いや別に、それ自体は全然普通にあり得そうではあるんだけど。


 まあ、汁かけご飯レベルなら、少なくともウチの中だけでは好きにさせてあげよう。


「おおう。確かに美味しいねぇ」


 幸せそうにズルズルやる先輩を見ながら、そんな事を考えていた私も、小さい塊単位ずつご飯を汁椀の中に投入した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます