第48話
「お疲れさまです先輩」
「うん。お疲れー。本番頑張ろうね」
「はい」
そう思ってるのを見せない様に、笑みで隠して先輩の元に駆け寄った。
「あの先輩、ちょっといいですか?」
「うん? いいよ。どうしたの」
私は先輩に相談する、みたいな感じの言い方でそう言うと、先輩は外向けの笑みを浮かべて答えた。
1階に降りて、更衣室へ行こうと思ったけど、男女ともに演者の控え室に使われているのを思い出した。
向かいにある剣道場は、直前の練習に使われているし、外も寒いからな、と思った私は若干の誤解を生むこと覚悟で、女子トイレに連れて行った。
その個室に2人で入ると、
「……ええっと、なに、かな?」
案の定、先輩はなんか意味深な上目使いで私を見てきて、おずおずとそう訊いてきた。
「いや、メンタル疲れてるかなあ、と思いまして。どうぞ」
私はそれに気が付かないフリをして、小声で言うと両腕を広げた。
「あっ、ああ。それね……。うん」
恥ずかしいと安心したと、がっかりと
他に何があるんですか、と訊くのはやめておいてあげた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
まだ先輩の領域に踏み込む資格はないけど、せめてこのくらいはしてあげたい。
先輩の髪に触れて、すっと
「ふへへ」
直接顔は見えないけれど、多分幸せそうに目をつぶったりしてるのは、何となく分かる。
――こういう風に懐かれると、やっぱり私の手で先輩を
ちょっと前なら、この独占欲に似た気持ちが、何なのかすら分からなくて、どこか他人事で片づけていたはず。
でも今は、それが先輩への好意だと分かってるから、その苦しみを目の当たりにすると、自分の心も先輩と同じ様にズキンと痛む。
「あ、そろそろ時間だね」
しばらく抱き合って離れた先輩は、携帯を見て私にそう言って来た。
先輩の表情は、水をあげた植物みたいに活き活きしていて、気力が溢れている様に見える。
「そうですね。そろそろ行きましょうか」
自分のを見ると、あと10分で本番が始まる時間になっていた。
「お互い、頑張りましょうね」
「おー」
手を重ねてから頭上に掲げ、2人だけで気合いを入れた後、いつだったかみたいに時間をほんの少しずらして私が先に体育館へ向かった。
先輩から溢れる気力が移ったのか、少し緊張していたのがすっかり和らいでいた。
3年生の人達は入試とかで疲れてるらしく、後ろから見てもほとんどが眠そうだったり、足取りが重そうだったりしていた。
全員座っても、開幕のちょっと長めの校長挨拶で、その雰囲気がさらに増した様に感じた。
まあ、良くなかったのはそこまでで、部活のパートになるとボルテージはきっちり上がったんだけど。
次の3年部教員パートは、昔話を元ネタにしたドタバタコントで、上演中は絶えず会場全体から笑いが聞こえていた。
途中、女子に人気がある体育の先生が、アクロバティックな演技を披露して、男女ともにワーキャー言わせていた。
忙しかったから、どこからかまでは正確に知らないけど、3年生のいる前の方からが多かった気がする。
本編が終わってから、閉まった幕の前に先生達が並んで一礼すると、真ん中にいる学年主任の先生が、最後に卒業生を励ます言葉を言って締めた。
万雷の拍手が返ってきて、ベテランの社会科の先生が号泣していた。
ちょっと時間がオーバーしているから、先生達はそそくさと袖に引っ込んだ。
そんな感じで、会場内が最高に盛り上がってる中、私は開いていたスポットライトを絞ってステージ中央辺りを照らす。
「次はシークレットの演目です」
次に何が起こるか誰も知らない中、ざわつく体育館内に先輩のそのアナウンスが響いた。
電源盤担当の人が一旦照明を落として、幕が上がりきったところでまた全部を入れた。
すると、スポットライトとステージの後ろにある
フェイスペイントまでガッツリ決めた理事長先生に、舞台上にいる理事の先生達4人以外は、
「若人よ! 明日への歩みを止めるんじゃないぞー!」
理事長先生が年に似合わない、若々しい全力シャウトをした後、理事の先生達によるテレビで聞いたことのある、多分メタルの曲の演奏が始まった。
ド派手に輝くステージと、和服姿でドンと構えてニコニコしている普段とは全然違う、やたらはじけた理事長先生の様子に度肝を抜かれていたけど、
「声出してけー!」
不思議と皆がそれに引っ張られて、何かよく分からない感じで盛り上がり始めた。
興が乗ったらしい理事長先生は、間奏のところでコール&レスポンスをした。
ストーブが
「では3年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます!」
汗だくになりながらやりきった理事長先生は、ニカッと笑って手を振りながら袖にはけていった。
その直後に先輩が、以上、理事長スピーチでした、とさらりとアナウンスして、体育館内はバラエティならずっこける感じでどっと湧いた。
あれがスピーチで良いのかなあ……。
私はそのあまりの型破りっぷりに、ただただ苦笑するしか無かった。
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