第27話

 どうにかこうにか門限にはギリギリ間に合った私は、職員室に残っていた先生にチェーンの事を報告して鍵を返した。


 気持ちだけは早足で、ヨタヨタと誰もいない廊下を歩いて、私は先輩が待っている部屋へと向かう。


「おー、楓さんお帰りー」

「す、すいません先輩……。遅くなりました……」

「ちょっ、何があったの!? 大丈夫!?」


 汗だっくだくかつ肩で息をする私を見て、シャーペン片手に玄関で出迎えた先輩は、それを部屋着のズボンのポケットにしまって、バッグを持ってくれた。


「あ、ありがとうございます……。それがですね……」


 私は玄関の縁に前屈まえかがみで座って、自転車のチェーンの件だけ、バッグを冷蔵庫の手前に置いた先輩に伝えた。


「わー……、それは災難だったね……」

「はい……、本当に……」


 隣にしゃがんで話を聞いていた先輩は、グロッキー状態で説明した私の頭をそっとでてくれた。


 しばらくそのまま休んだ私は、靴を脱いでキッチン兼廊下へと上がった。


「冷蔵庫に入れるの手伝ってもらえます?」

「ほいほーい」


 私がバッグの前にしゃがむと、先輩はシンク横にある2段の冷蔵庫の扉を開けると、片膝を突いてその前でスタンバイした。


 ひょいひょい、と先輩が要領よく冷蔵庫へ入れていくおかげで、みるみる内にバッグの中のかさが減っていく。


「ところで楓さん」

「あっはい。何ですか?」

「楓さんの分からない所ってどの辺なの?」


 先輩は手を動かしながら、ひたすら先輩へリレーしている私にそう訊いてきた。


「あ、ええっと……、二次関数の連立の所です」

「おー、なるほどなるほど。それかあー」


 単元を答えると、ちょっとややこしいもんね、と先輩はうんうんとうなずいて言う。


 先輩に話しかけられたとき、一瞬、遅かった理由を察して、心配して訊ねてくるのかと思ったけど、私はそれを聞いて安心する。

 先輩が根掘り葉掘りはしないのは分かってはいるけど、正直ヒヤッとした。


 それから、食品を全部しまい終わって、最後に食パンを冷蔵庫の上にのせたところで、


「それで、ご飯の事なんですけど」


 私は居間の窓枠の上にある、シンプルなかけ時計をチラリと見ながら先輩へ訊いた。


「なんかつまめる物でいいよ。楓さん疲れてるでしょ?」

「わかりました」


 先輩と相談した結果、一番楽なサンドウィッチにする事になった。


 適当にツナマヨのやつとハムとレタスを挟んだのをそれぞれ作って、パンの耳はそのままで三角形に切った。


「……見た目、雑になっちゃいましたね

「まー、いいのいいの。食べちゃえば一緒だし」


 包丁の切れ味が悪かったせいで、多少見た目は汚らしくなったけど、先輩がそう言うので良いことにしてしまおう。


 それを持って部屋の真ん中にあるテーブルに移動して、着替えた私は先輩と一緒にノートを広げて向かい合う格好で勉強を始める。


 一緒と言っても、先輩はサンドウィッチをもひもひ食べながら、私へ勉強を教えるのがメインになっていた。


 先輩の教え方はわかりやすいし、私が理解して解けるように教えてくれる。


「すいません先輩。何回も訊いちゃって」


 けど、理解しきるまで少し時間がかかるから、先輩の邪魔じやまになってる気がする。


「んー、大丈夫大丈夫。楓さん待ってる間に結構進めたから」


 私を安心させようとしてか、わざとらしく得意げにそう言った先輩は、


「……久々に、楓さんとこうするために、ね……」

「そう、ですか」


 一転、目を細めながら私へ甘ったるい声でささやいて、飼い主に甘えてほおずりする猫の様に横からくっついてきた。

 ちなみに、そうしたのは利き手じゃ無い方なので、本物みたいな邪魔にはなってない。


 そういえば、こうやって先輩がベタベタしてくるのは、随分と久しぶりな気がするなあ……。


 先輩は多分、テスト勉強をする私に遠慮して、ずっと我慢がまんしてきたんだろう。


「……あの先輩、あんまり遠慮しなくても良いですよ」


 そう言って、私は私に寄り添う先輩の背中に腕を回すと、先輩は少しピクッとしたけど、すぐにうれしそうな様子で鼻を鳴らした。


 事情に踏み込まないにしても、先輩の事、本当にもっと良く見てないとな……。


 至福の表情をする先輩の顔を見ながら、私はそんな事を考えていた。

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