第24話
先輩はその後も6時過ぎに帰ってくる事が、テストの2日前の今日まで連続した。
相当力を入れてやってるのか、私にはどんどん顔が疲れていってる様に見えた。
体力が、っていうのはよく見かけるけど、今回はどうも、メンタル面で
やっぱり、先輩の父親からのあの言葉が、プレッシャーになってるんだろうか……。
解決できないまでも、少しは先輩の助けになる事をしよう。
「あの先輩。ちょっとどうしても分からない所があって、放課後に教えて欲しいんですけど」
それで私は、少しでも気を休めて貰おう、と思って、朝ご飯を食べてるときにそう訊ねた。
ちなみにメニューは、コンソメスープとトーストだ。
「おー、良いよー。楓さんのためだし」
「ありがとうございます」
思った通り、先輩は二つ返事でOKを出した。私に頼まれたのが
「ちなみにどこで?」
「あ、部屋で良いですよ」
「りょーかい」
朝の準備を終わらせて制服に着替えると、先輩と私は廊下へと出た。
いつもの外向けの顔を作って、時々2年生と挨拶しながら私の隣を歩く先輩だけど、その足取りはここ最近で1番軽やかだった。
良かった。少しは先輩の助けになってるみたいだ。
階段の2階の所で先輩と別れて、ちょっと安心した私は3階の自分の教室へ向かった。
この日の授業は、体育以外は全部テスト前だから自習だった。
ちょうど良い感じに晴れているおかげで、若干寒々しい外と違って、4時限目の教室内は眠気を誘う温度になっていた。
それにやられて、1番後ろの窓際に座る私の近くにいる、クラスメイトが何人か眠っていた。
ついでに、監督役の先生も寝ているので、読書したり手紙交換みたいな事をしてる人もいた。
私も集中力は切れていたけど、眠くもないしそこまで大胆な事も出来ないから、教室棟の隣にある野球場の方を見下ろす。
そこでは、女子がソフトボールをやっていて、テスト勉強のストレスを発散しているのか、動き的にキャーキャー大はしゃぎしている様だった。
フェンスの少し前に、緑ネットの
あっ、先輩。
楽しそうだなあ、と思って見ていたら、その中に先輩の姿を見つけた。どうやら、今授業してるのは2年生だったらしい。
白いヘルメットを被る先輩は、ホームベースからちょっと離れた所にある丸の中にいて、今打席に立ってる打者と同じタイミングで素振りしていた。
走者は1塁と2塁の少し先に立っていて、膝に軽く手を突いた状態で打席の様子をじっと見ている。
打者の人は2球振らずに見た後、バットをベースの上にすっと置いて、走者が1個前の塁に進んで空いた1塁に小走りで行った。これで塁が全部埋まった。
えっと、何ボールだっけ? ……まあいいや。
他の人がそのバットを回収したところで、先輩の出番がやって来た。
先輩は1つ肩を上下させてから、さっきの人のとは逆の方向に立つ。盛り上がりが最高潮になっているのか、ここに居てもうっすら声が聞こえる。
バットを胸の高さで立てて構える先輩が、じっとピッチャーの方を見て、球が投げられるのを待っていた。
続けて3球見送った先輩は、一旦、ベースの横から離れて深呼吸をしたらしく、また肩が1回上下すると、また元の位置に戻って投球を待つ。
それを見ている内に、いつの間にか私は両手を握りしめていて、にじみ出す汗で掌が湿っていた。
もう1球見送って、キャッチャーが球を投げ返した所で、先輩はヘルメットのつばを右手で触った。
次の1球は、相手が歯を食いしばって、全力で投げたらしいものだったけど、先輩は思いきりそれを振り抜いて、先輩から見て左に引いた線の内側に
ベースに当たったせいで軌道が変わった球は、外野にいた人の脇を通って、
それをその外野の子が拾って投げ返す間に、塁にいた3人全員がホームに
ピョンピョンと跳ねる、同じチームの人を見ながら、2塁で止まっている先輩は耳ぐらいの高さで小さく拳を上げていた。
次の人が打つのかと思っていたら、先輩も含めた全員が、審判をやっていた女性の体育の先生の所に小走りで集まり始めた。
あー、ええっと……、サヨナラ、ってやつかな?
なるほど。あれだけ先輩のチームの人が喜んでた訳だ。
ヘルメットを脱いだ先輩は、その生徒達とハイタッチしながら、一言ずつ何か話していた。多分、お疲れ、とかその辺りだろう。
それが途切れた所で、先輩は
いかにも舞い上がりかかった様に見えた先輩は、それを押さえ込んで軽く手を振る程度に留めた。
近くにいた人がそれに気がついて、興味津々、って感じで先輩に何か言う。
先輩は手を、違う違う、という風に左右に振って、あくまでクールにちょっと困った様子で笑った。
多分、気になる人でもいるのか、とでも訊かれたんだろう。
その反応の違いで、私は先輩に本当の意味で信頼されてるんだ、というちょっとした優越感みたいなのを覚えた。
でももし、あのとき部屋に入ったのが私じゃなくても、私みたいに振る舞ったら、先輩はその誰かに
まあ、私なんてその程度だし、その人ならもっと上手く先輩を助けてあげられるはず。
出来ないことを嘆いても仕方が無いし、出来る限りの事ぐらいはやろう。
とかなんとか考えていたら、先輩はいつの間にかグラウンドから引き上げていて、それに気がついた途端にチャイムが鳴った。
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