第52話

 病院に着いて救急のところへ行くと、先輩は診察室前の長椅子にぐったりと座っていて、まだ汗が引いてないけど落ち着いてはいた。


 隣に福嶋先輩が座っていて、寮長さんは外で学校と連絡を取りにいってる、と教えてくれた。


「楓さん……」

「どんな具合ですか先輩」

「あーうん。ちょっと痛いのマシにはなった……」

「なら良いんですけど……」


 ちょっと顔色が悪いし、どう見ても無理してる様にしか見えない。


 そこまで話したところで、先輩が胃カメラに呼ばれた。


「大した事ないですよ。きっと」

「……うん」


 気休めのつもりで言ったけど、結構効果があったみたいで、ふんわりと先輩の表情が緩んだ。


「当たりは付いてるけど、何があったの?」


 先輩の姿が見えなくなるのを待ってから、福嶋先輩がそう耳打ちで訊ねてくる。


 先輩の携帯を勝手に見てしまった事まで含めて、私は一部始終を洗いざらい話した。


 予想通りだったらしく、福嶋先輩は腕組みをして唇を曲げながら、やっぱり、と呆れた顔でつぶやいた。


「――それで、勝手に見たって事は、決心してくれたんだね」

「はい」


 自分の体温が上がるのを感じながら、しっかりと私を見てくる福嶋先輩を、私は真っ直ぐ見据えて言った。


「ありがとう……。本当に」


 福嶋先輩は私の肩に手を置いて、ちょっと俯き加減で心強そうに言う。


 しばらくして。


 帰ってきた先輩が言うには、そこまで深刻じゃ無い胃潰瘍だったらしい。


「なんか、ストレスが多すぎるかもしれないんだって」


 そんなに無いと思うんだけどなあ、と軽い感じで言う先輩は、押し隠すような無理な笑みを浮かベた。


 正直、あまりにも痛々しくて見てられなかったけど、ここでは人目がありすぎるから、私も福嶋先輩も当たり障りのない事を言った。


 胃薬が出て、私達は寮長さんの運転で学校へと戻ることになった。


 ちなみに、私がほぼ無断外出した事は、慌ててただろうから、という事で口頭で注意をされただけで済んだ。


 その後で寮長さんは先輩へ、担任の先生に親と連絡してもらったけど、連絡がつかなかったと知らされた、という話をさらりとした。


 先輩は前半部分を聞いて、明らかに怖がって動揺している感じがした。


 ややあって。


 寮の部屋に帰ると、私と先輩と一緒に福嶋先輩が、病院での事前の打ち合わせ通り部屋の中へと入ってきた。


「ん? どうしたの。かえでさん、由希ゆき


 先輩は神妙な空気を察したらしく、首を小さくかしげながら、ちょっと引きつったようにも見える、さっきと同じ無理な笑みを浮かべた。


「先輩先に謝っておきます。先輩の携帯、勝手に見ました」


 私は深々と頭を下げて先輩へ言うと、


「あー、それは大丈夫だよ! お父さんが私に凄く期待してるだけだから!」


 先輩は目を泳がせて、どう考えても本心じゃ無い、不自然に明るい話し方をする。


 顔は笑っているけど、その泳いでる目の感情を一切感じとれない様子は、体育祭の後みたいな、先輩の父親絡みのときに何回も見たものだった。


「本当に、そう思っているんですか?」


 メッセージを見たなら、私が1月の事を知ってるのが分からない先輩じゃ無いから、ごまかすのが無駄だと分かっているはずだ。


 その内容は、テストの点数を90点台後半に戻した、というメッセージの返答で、送るのもかなり遅れていたのに、当たり前だ、という素っ気ないものだった。


「あっ、えっと、その。……どうしたの楓さん?」


 急に私が踏み込んできた事に、先輩は動揺しているのか、普段では考えられない詰まり気味の声でぎこちなくそう訊いてくる。


「本当にそうなら、私は何も言いませんし、全部見なかったことにします」


 でも私にはそうは思えません、と言わなくても、


「わ、私の言うことが……、違うって思った、理由、は……?」


 顎を震わせて泣きそうな顔の先輩が、助けて欲しい、と言いたいのは間違いないはず。


 確信めいたものを持って、私は小さく息を吸った。


「――先輩と、ずっと一緒にいますから、見れば分かりますよ」


 先輩をぎゅっと抱きしめながら、私はその耳元で優しくささやいた。


 それは、苦しんで苦しんで押しつぶされそうだった私に、母がやってくれたものだった。


 顔を離して先輩の顔を見ながら、私が安心させようと微笑ほほえみを向けると、


「なんで……。なんで、私なんかを、そんな風に見てくれるの……? 楓さんは、私とは先輩と後輩でしかないのに……?」


 先輩はもう堪えきれなくなったみたいで、流れ出る涙をごまかそうともせず、泣き崩れそうになりながら私に訊いてくる。


「初めて、会ったときも、今も、情けない、ところ見せてるのに、なんで幻滅しないの……?」

「だって、そういうところも含めて――」


 らしさを保ててるか、で判断されないのが初めてなのか、混乱する様子の先輩に、私はかなり照れくささを感じながら、


「先輩の事が好きだから、ですよ」   


 そっと先輩の手をとりながら、私はそう告白した。


 本当は、もう少しロマンチックな感じで言いたかったけど、この学園の中にある秘密の花園みたいな部屋で、っていうのが一番良いのかもしれない。

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