番外編
1
「ぬぁー、あーつーいーよー……」
「だからって扇風機を独占しないで下さい」
「のあー」
私は扇風機の前に張り付く先輩を引っぺがし、首振りモードに切り替えた。
カンカン照りの真夏日なせいで、窓を開けても、私と先輩は2人とも汗だくになっていた。
私たちの部屋にも
「
「暖房にしてるんじゃないですか?」
「冷房にしてるよー」
だけど、エアコンは風だけを出すばかりで、部屋を全く冷やしてくれなかった。
「じゃあ故障ですかね?」
ひとまず電源を落として、私は寮の管理人さんの所に行った。そこで、修理を頼むようにお願いして貰った。
「楓さーん、修理来てくれるってー?」
部屋に帰ると、ひっくり返っている先輩が、私にそう訊いてきた。
「はい」
「うわーい良かっ――」
「3日後だそうです」
「ひえっ……」
私の答えを聞いた先輩は、大喜びから一転して、ものすごく悲しそうな様子になった。
管理人さんが言うには、しばらく業者さんが手一杯で、来られるのがどう頑張っても3日後だそうだ。
「なんでさー……」
「なんか、どこもウチと一緒みたいですよ?」
「うーへー……」
希望を砕かれた先輩は、ひっくり返ってぼやき始める。
「騒いだ所でどうにもなりませんよー」
ため息交じりに先輩にそう言った私は、すっかりぬるくなった麦茶を飲んだ。
「私にもちょーだい。楓さん」
「すいません。もう無いです」
「ええ……」
空になったコップを見せると、寝転がったまま伸ばしてきていた、先輩の腕が床にパタリと落ちた。
捨て犬みたいな目でこっちを見てくる先輩のために、私は冷蔵庫へ麦茶を取りに行く。
「ここにいてもしょうがないですし、どっか出かけませんか?」
8分目ぐらいまで注いだコップを渡しつつ、私は先輩にそう提案する。
「うーん。そうだねー……」
先輩はちょっと複雑そうな顔で賛成してから、麦茶を一気飲みしてむせた。
「何やってるんですか先輩」
「うう……」
私は半分呆れて、前屈みで咳き込む先輩の背中を撫でてあげた。
ややあって。
「そんじゃ行こうー」
「……その前に、ちゃんとした服を着て下さい」
ゾンビみたいに玄関に向かう先輩を捕まえて、私は良い感じに無難な服を着せた。
いくら校則で、夏休み中の服装は自由、と決まってても、流石にキャミソールに短パンは絶対怒られる。
私たちは日向を避けて、学校の敷地内にある図書館へ向かった。
いつもスカスカなので、先輩も安心していられるだろう、と思っていたけど、
「なんか、凄く人いますね……」
「そうねー……」
何故か今日は人がやたらと多く、人気の無いところがどこにもなかった。
「あっ、会長。こんにちはー」
「はい。こんにちは」
そうなると、有名人な先輩は、その後輩や同級生に次々話しかけられてしまうし、
「あれ見て……!
「わー、近くで見るとすっごい美人……」
「お勉強に来られたのかしら?」
「読書じゃない?」
遠巻きからも興味津々の目線を集めてしまう。
外向きの笑顔を貼り付けて、それらに対応する先輩は、私の方をチラチラ見て助けを求めてきた。
「あの先輩。そろそろ、時間になりますよ」
「あら、そうだったわね」
職員室に行く用事をでっち上げて、先輩と私はそそくさと図書館から撤収した。
やかましい蝉の声と蒸し暑さに襲われながら、私たちは渡り廊下を進んでいく。
「はふー……」
「有名人も大変ですね」
「本当にね……。はあ……」
一気に精神力を削られたっぽい先輩は、疲れた様子でフラフラと歩いている。
「それで、次はどこへ行きますか先輩?」
大本命が潰れてしまったので、今度は先輩の意見を訊いてみた。
「うーん。そーねー……」
そう言って頭を
「……あっ、あそこなら涼しいかも」
体育館横の緑地を指さして、私にそう言ってきた。
最近置かれた自販機近くのそこは、体育館の陰になっている上、葉っぱが茂っているので、ちょうど良い感じの日陰になっていた。
あそこなら、部活の時間が終わった今なら人も来ないし、先輩の気も休まるだろう、と思って、私は二つ返事で賛成した。
「ついでだし、なんか飲み物でも買う?」
「先輩がおごってくれるなら欲しいですね」
「うんいいよー。どれにす――」
そう言いながら自販機の前に着いたとき、偶然蝉が一斉に鳴き止んで、
「ふ……っ。ん……」
「あ……っ」
「ねえ、きもちい……?」
「う、ん……っ」
茂みの方から、なにやらアレな感じの声が聞こえてきた。
よく見ると、木の根元辺りで誰か2人が絡み合っていた。その声的に、多分両方とも女子だと思う。
「……」
私が本能的に目線を逸らして先輩を見ると、
「……」
先輩は顔を真っ赤にして明後日の方向を向いていた。
また蝉が一斉に鳴き始めて、彼女らの声が聞こえなくなった。
「……別の所、行きましょうか」
「……うん」
小声でそう言い合った私たちは、回れ右して引き返した。
「うーあー、どうしたら良いんだーん……」
ひとまず、私と先輩は体育館の外階段下の陰で休みつつ、どこへ行こうか考えていた。
「生徒会室とか使えたら良いんですけどね」
大分しんなりしている先輩に、私はなにげなくそんなことを提案する。
生徒会役員は私たち以外、みんな実家帰省組で校内には居ない。だから、急に入ってこられる心配も無いから、先輩も安心できるはずだ。
でもまあ、いくらなんでも無理だろう、と思っていたけれど、
「おわー、その手があった!」
どうやら灯台元暗しだったらしい。
先輩が言うには、先生の許可があれば使える、とのことだそうだ。
品行方正で通っている先輩は、当直の先生から特に深く訊ねられず、簡単にOKが出た。
こういう所は流石だよなあ……。
最上階にある生徒会室は、直射日光のせいで大分モヤッとしていた。だけど、カーテンを閉めて、エアコンのスイッチを入れたら、あっという間に快適な温度になった。
「ほへー……。すーずしいー……」
先輩は壁際にある長ソファーで、溶けるように寝転がっていた。
「良かったですね」
「やー、本当にそれー」
そう言って、私が先輩の頭元に座ると、先輩は私の膝に頭を乗せて至福の表情をする。
いつも通りの光景を見ながら、私はさっきの子達の事を思い出していた。
私は別に良い子なわけでもないので、それが「何」なのか位は分かる。
『は……っ、あ……ぅ』
『ふふ……。かわいいよ……』
あの気持ちよさげな声とか、妙になまめかしい動きが、どうにも頭の中から離れない。
もしかしたら、先輩も私とああいう事――。
ふとそう考えてしまうと、先輩が上で私が下に勝手に変換された。
いやいやいや。そんなわけ、……そんなわけ無い、よね……?
なんとか可能性を否定しようとしたけど、普段が普段なので全然説得力が無い。
そんなことを
「んー……」
「ひゃっ」
先輩が私の
そういうサインなのかと思って、私は先輩の顔を見下ろす。
「すや……」
すると先輩は、母親に甘える子供みたく、ものすごく気持ちよさげに眠っていた。
そんな感じで、私と先輩は夏休みの1日を無駄使いしていくのだった。
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