花園の学園
赤魂緋鯉
本編
第1話
私が通う学校は小中高一貫の、今時珍しい全寮制の高校で、平野と山間部の間ぐらいの所に校舎が建っている。
校舎と寮は各三つずつ、体育館とプールは二つずつあって、その上、ガラス張りの室内庭園まである。
総生徒数が千人を余裕で超え、敷地面積がべらぼうに広いこの学校の生徒会長は、二年の
彼女はスタイルも抜群で成績優秀、一年でありながら八割以上の大差で上級生を破って、会長に就任してしまうほどの人望も兼ね備えている。
そんな完璧超人な先輩と、一年の二学期で転校してきた私は、寮の定員の関係で同室になってしまった。
それを聞いたとき私は、なんとなく気疲れしそうだな、と思っていた。
「ふにゃぁぁぁぁん! 疲れたよおおおお!」
……こんな感じで、残念美人な素の吉野響に遭遇するまでは。
「先輩、重いです」
ビーズクッションを背もたれにして、ベッドでくつろいでいた私のお腹に、服を脱ぎ捨てた先輩がのしかかってきて頭を乗せた。
「服を着てください」
なんとかどかそうとしたけれど、彼女は全力で脱力してるせいで全く動かせない。
「
先輩は私のお腹の上で、気持ちよさそうに深呼吸をしている。
「しょうがないですね……」
「やったー」
私が渋々了承すると、先輩は満面の笑みを浮かべて喜び、私の足下にぺたんと座った。
「薄着だと風邪引きますよ? 最近夜は冷えるようになってきましたし」
スエット一式を彼女のタンスから引っ張り出してきて、まるで子供にするように着せる。
「楓さんにくっついてれば大丈夫だよぅー」
「私は暖房器具ですか」
元の位置に戻った私の上に、先輩がうつぶせで寝そべってきた。先輩は私より頭一つ分背が低いせいで、その顔がちょうど私の胸のあたりに来ている。
「違うよー」
彼女は、頭を撫でてほしい、と催促してくるので要求通りにすると、
「あぁー……」
めちゃくちゃうれしそうな顔で、私の胸元に頬ずりをしてきた。
「楓さんの上は寝心地がいいにゃー……」
私の平らな胸に押しつけられる、先輩の形のいい胸の膨らみが、手で触らなくても十二分に伝わる。
「嫌みですか?」
ちょっと意地悪して頭を撫でるのをやめると、捨て猫みたいな目でこっちを見てきた。
「違うよぅ……、悪意はないから撫でてー……」
しばらく放置してみたけれど、彼女は私をじっと見つめたまま動かない。
「しょうがないですね」
根負けした私は、そう言って撫でるのを再開した。
「えへへー、楓さんの優しい所大好きー」
「そうですか」
「料理が得意なところも好きー」
「ありがとうございます」
「お嫁さんに欲しくなるなぁー……」
「そうですか」
「……」
甘えてくる先輩の言葉を適当に流していたところ、彼女は急に電池が切れたみたいな感じで静かになった。
「……自分のベッドで寝てください」
どうしたのかと思ったら、彼女はうつぶせ状態ですやすやと眠っていた。
「んー……、ましゅまろ……」
よく分からない寝言を言う彼女は、揺らしてみても全く起きる気配がない。
お腹が減ったら起きるだろうと考えて、仕方なく先輩の目が覚めるまで放置することにした。
*
今時、寮が相部屋なんて珍しいなあ……。
寮長さんに言われた部屋番号を探して、私はフローリング張りの廊下を、キャリーバッグを手に歩いていた。
ここは本来、先輩の女子生徒たちが生活する階なので、彼女らと時々すれ違う度にジロジロ見られている気がして、ちょっと気持ちが落ち着かない。
ちなみに、前の三年生がすんでいた部屋に新一年生が入るので、今年は上から一年、三年、二年の順になっている。
吉野先輩、怖い人じゃないといいけど……。
「あ、ここだ」
とか思っている内に、私は部屋の前にたどり着いていた。
「まだ帰ってないのかな?」
のぞき窓を覗いてみると、部屋に明かりはついていない。一応、ノックはしてみたが何の反応もない。
手に持っていたカードキーをかざすと、小さな音がして鍵が開いた。
「失礼しまーす」
「あっ、ちょっ、待っ、うわああああ! ……ぐえっ」
暗い室内から女の子の悲鳴が聞こえて、バサバサという何かが崩れ落ちる音がした。
なんかよく分からないけど、大変だ……!
「大丈夫ですか!?」
私が急いで部屋の照明をつけると、
「助けて欲しくないけど助けてー……」
誰かが部屋の右隅で、雪崩を起こしたっぽい大量のいろいろな本に埋もれていた。
その下から生えている脚と、内容が矛盾した情けない声から、どうやらその誰かは女性らしい。
「どっちなんですか……」
左右にベッドがおいてある部屋の中は、高く積み上げられた本以外にも、とんでもない量の段ボールやお菓子の空き袋、脱ぎ散らかされた衣類で溢れかえっていた。
寮長さんが部屋を間違えたのかな……?
「うう……」
あの会長が、こんなにズボラなはずがないしなあ……。
「お、重い……」
正体はともかくとして、ひとまず私は本の山を掘り返し始めた。
「あー、やめてー……」
脚をじたばた動かして、謎の女性は抵抗になっていない抵抗をしてくる。
「じゃあ自力で出られるんですか?」
私がそう言って救出作業を止めると、女性は、出られます出られます! と言って、いかにも必死そうな声を出しつつ脱出を試みる。
山がプルプルと震えるだけで、明らかに出られそうになかった。
「無理です……。助けてください……」
しばらく頑張っていた彼女はついに諦めて、悲しげな声で素直に助けを求めてきた。
掘り出された彼女はものすごく美人だった。だけど、下着一枚しか着ていなかったせいで、いろいろと台無しになっている。
「助かったけど助かってなーい……」
明らかに見覚えのある彼女は、死んだ魚の目で体育座りしていた。
「……あの、もしかして生徒会長さんですか?」
私も正直な所、信じたくないけど、こんな綺麗な顔もそうそう見られないしなあ……。
「ち、違うよよよよ!」
顔の前で罰マークを作る彼女は、汗だくで目を縦横無尽に泳がせている。
……うん、間違いない。
「ちゃんと掃除しないとだめですよ、吉野先輩」
どかした本を拾って、ひとまずその辺り積んでいると、
「あぁ……、終わった……」
彼女は真っ青な顔でそんなことをつぶやき、頭を抱えて嘆きの声をあげた。
「お願い! 誰にも言わないで!」
何でもするから! といって土下座して懇願する先輩の様子は、威厳のいの字も持ち合わせていなかった。
「言いませんよ」
実は生徒会長がズボラ、なんて言っても、誰も信じませんよ、と付け加えると、
「そうかなあ……」
ガバッ、と顔を上げた先輩の顔は、猛烈に不安そうだった。
「はい。一度着いたイメージって、そう簡単には変わらないらしいですし」
「そっか……、そうだよね……」
私の言葉を聞いて、目に明るい光が戻ってきていた先輩へ、
「私は変わりましたけど」
私がしれっとそう言うと、やっぱりだめだー、と、彼女はまた崩れ落ちた。
「うぅ……、意地悪……」
「何にせよ、私は漏らしませんから安心してください」
「本当に……?」
「はい」
半泣きの先輩は、良かった……、と安堵のため息をついた。
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