第8話

「合宿、ですか」


 生徒会副会長が私と先輩せんぱいの部屋を訪ねてきて、生徒会劇の練習のために、学園祭直前の次の3連休で合宿をしないかと誘ってきた。


 提案とは言ったけど、もう段取りはしてあって、後は私と先輩が参加するかどうかの段階だった。


「じゃあ後で連絡しますね」

「分かった」


 じゃ、よろしくねー、と言って、副会長は予定表の紙を渡すと、そそくさと退散していった。


 私が玄関のドアを閉めて鍵をかけると、


「……帰った?」


 居間との境の枠から顔をひょっこりと出す、緊張した顔の先輩が私にそう訊ねてくる。


 はい、と私が答えると、先輩は良かったー、と床にヘナヘナと横向きで倒れ込む。


「だからいつも言ってるじゃないですか。ちゃんと服を着て下さい」

「うー……、善処ぜんしよするぅー」


 先輩がこう言って、ちゃんとした事は1回も無い。


確約かくやくして下さい」


 私が容赦なくそう言うと、先輩は、分かったー、と渋々約束した。


 副会長がやってくる直前まで、いつも通りのだらしない格好のまま、我慢出来なかったから、と、先輩は台所で雑巾掛けしていた私に甘えていた。


 そのせいで、着替える間が無かった先輩には、とりあえず押し入れに隠れてもらって、私は副会長にもう寝たと嘘を吐いて応対していた。


「ところで何の用事だってー?」


 寝転がったままの体勢でこっちを見ながら、先輩がそう訊いてきた。

 そんな先輩に、これ見て下さい、と言って予定表を渡すと、私は雑巾掛けを再開する。


「うーへー……。合宿かあ……。やだー……」

「って言われても、私たち以外はもう行くみたいですよ?」


 唇を尖らせてブーブー言う先輩へ、私はそう言って外堀を埋める。

 予定表には出欠表がホチキスでくっつけてあって、私と先輩以外は参加に丸がついていた。


「うー……」

「私も行きますから」

「えー……」

「先輩1人で、2日と半日過ごせるんですか?」

「無理ー……」


 私にそう言われて観念したらしい先輩は、じゃあ、行くー、としょげた様子で答えた。

 まあ、嫌だよね。雑魚寝なんて事になったら、寝てても気を遣わないといけないだろうし。


 別の部屋とかとれるんだろうか、と考えながら、私は雑巾を片づけて、先輩が転がっている居間へと向かう。


 私が先輩をまたいで通って自分のベッドに座ると、先輩は引き寄せられる様に私の方にやってきた。


かえでさーん……」

「なんですかー?」

でてー……」

「はい」


 ベッドにえっちらおっちら上がった先輩は、私の膝の上に頭を乗せて、予定表をベッドに放った。


「えへへー……」


 そんな先輩の頭を撫でつつ、私はもう1度予定表をじっくり見返していると、


「あっ、先輩。行き先の旅館、私の実家です」


 合宿先として書いてあった宿泊施設は、私の母方の祖母が経営している『旅館・高木たかぎ』だった。


「へー……」

「なんなら、私の部屋で泊まりますか?」

「へっ!? ――いだッ!」


 私がそう言うと、ぼけーっとして返事していた先輩は、大きめの声を上げて驚いて、勢いよく起き上がった。


 そのせいで、私と先輩のおでこがぶつかって、二人して悶絶もんぜつするハメになった。


「いーたーいー……」

「……急に起き上がらないで下さいよ」


 ぶつかったところが赤くなったので、私と先輩は冷えピタをおでこに貼った。


 ややあって。


「とっとっ、泊めて貰っても良いの!?」

「はい。ちょっとせまいですけど」

「ありがとう楓さーん!」


 私の隣に座る先輩は、私の返答を聞くと両手で小さくガッツポーズして、喜びをかみしめている様だった。何がそんなにうれしいんだろう……?


「おっ、お父上に気に入られなきゃ……!?」

「どこの新郎しんろうですか」


 よく分からないけれど、先輩は何故なぜかテンパって変なことを口走った。



 ……まあともかく、次の土曜の朝から、合宿1日目は予定通りに始まった

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