第46話
大型のストーブが四隅に置かれたフロアには、ずらっと生徒が座る椅子が並んでいた。ステージは空き教室の机を並べた上に、大きいベニヤ板をのせて拡張されている。
まあそんな感じで慌てて10分に着いたんだけど、集合時間が15分だと思っていたら実際は45分で、先生達がぼちぼち集まっているだけだった。
25分ぐらい経ってから、役員と実行委員が全員集まって、時間通りにリハは始まった。
司会進行役は当然の様に先輩で、まあ、毎度おなじみというか、ちょっと早回しで完璧にこなしている。
ちなみに、ステージ反対側にある、3階の卓球台が置かれたスペースで、私は照明係をやっている。
って言っても、逆サイドの同級生の女子と一緒に、
真ん中の2年の男子が操作で、その人の向こう側にその1年女子がいる。
何でこの役かと言うと、先輩が私の顔をチラチラ見られるから、って理由なんだけど、
これ、逆光で見えないよね……。
私の思った通り、先輩がこっちを見ると、眩しくて不自然な動きになってしまうから、そんな訳にはいかなさそうだった。
私の事になると、こういう抜けたところもあったりするんだよなあ、先輩。
私以外に分からない程度に、ションボリしたオーラを漂わせる先輩が、出番が終わって袖に引っ込んでいくのを私は苦笑を浮かべて追尾していた。
ここからしばらく部活のリハがあって、トップバッターの演劇部は担当の人がやるし、他は照明を点けるから私の出番は当分ない。
細かく最終チェックをやっている様子を後ろから眺めていると、ちょっと寒くなってきた。
さっきまで照明の機械熱で忘れてたけど、今日は雪が降るほど冷えてるし、まあ当然といえば当然だ。
コート、着てくれば良かったな……。
別に禁止されてないんだけど、焦っていたから忘れていた。
「高木さーん」
持ち場を離れる訳にはいかないし、ちょっとはマシかと思って仕方なくしゃがんでいると、先輩がひょっこりと階段から出てきて私の所にやってきた。
「……どうしたんですか。先輩」
「……ん。楓さんが寒いかなと思って」
演劇のBGMにギリギリ紛れない声で、私にそう言った先輩は、ズボンのポケットの中からくっつくタイプのカイロを出してきた。
わざわざ先輩は袋を開けてシャカシャカしてから、私にそれを手渡してきた。
「それだと、先輩が寒いんじゃないですか?」
「大丈夫。袖にヒーターおいてあるから」
「ああ。なら遠慮無く」
ありがたく受け取った私は剥離紙を剥がして、カーディガンの下の腰辺りに貼り付けた。
すぐにじんわりと暖かくなって、さっきよりはかなりマシになった。
「どう?」
「大分暖かいです。ありがとうございます」
「ふふ、よかった」
確認した先輩は、じゃあ頑張って、とニコッと笑いつつ言って、足早に下へ降りていった。
それからしばらくして、多分劇の展開が変わったな、と何となく感じたところで、今度は体育の若い男の先生が上がってきて、
「ごめん。部活リハのときはここで待機して無くて良い、って言うの忘れてた」
邪魔にならない程度の声で、私達3人にそう伝えてきた。
無駄に寒い思いしちゃったな……。
そういうことなら、と、私は先輩のところでヒーターへあたりに行くため、そそくさと階段を降りた。
先輩も喜ぶだろうし、一石二鳥ってやつだ。
そのほんわかした顔を思い浮かべながら、私はちょっと前に先輩が引っ込んでいった、左側の舞台袖に向かった。
壁際を歩いてそこにやって来た私は、引き戸を2回ノックして入ることを知らせる。
「はい、どうぞ」
こっちに来たのは完全に勘だけどビンゴだった。
こういうの、以心伝心、ってやつかな?
そんな事でちょっと嬉しくなりながら、体育用具入れになってる中に入ると、
「……先輩。ヒーターついてないじゃないですか」
部屋の隅っこの方で先輩が、うんともすんとも言ってない、セラミックヒーターに向き合ってしゃがみ込んでいた。
部屋の中は、私が居たところよりも余計に冷え冷えしている。
「いやあ、コンセント見付からなくて」
「じゃあ訊きましょうよ。風邪引いたらどうするんですか……」
苦笑いして震える先輩にそう言った私は、舞台上の袖にある、暗幕の陰に隠れたドラムコードを引っ張り出してきて、ヒーターのプラグをコンセントに刺した。
「ぬく……」
ついでに私の背中のカイロを先輩にくっつけると、さっき想像した通りの表情で、隣で一緒にヒーターにあたる先輩は1つ息を吐いた。
「他人の体調考えて、自分が具合悪くしてたら話になりませんよ」
「いやーごもっとも……」
私が来たのが嬉しいらしく、説教されてるのになんだかご機嫌そうだ。
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