episode10 別れ、別れ、それから密会 賢木


 ◇賢木さかきざっくりあらすじ

 かつての恋人六条御息所とは別れ、彼女は伊勢へと旅立ちます。父親である桐壺院が亡くなり、源氏は政治的に中心から追いやられます。藤壺中宮は出家してしまい、現世での別れとなります。そんな中、帝のお妃である朧月夜との密会を続けていてそれが世間にバレてしまいます。


【超訳】賢木さかき

 源氏 23~25歳 紫の上 15歳~17歳

 藤壺中宮 28~30歳 六条御息所 30歳~32歳



 ―― 六条御息所との別れ ――

 六条御息所の娘が斎院(未婚の内親王が務める伊勢神宮の役職)のお務めのために伊勢に出発する日が近づいてくるんだけれど、六条御息所は情緒不安定なの。

 正室の葵の上が亡くなったので、これで今度は六条御息所が源氏の正室になるだろうなんて噂が世間では広まったの。けれどそんな噂とはうらはらに源氏と御息所の仲は冷めていったの。葵の上にいた生霊が御息所だったって源氏も知ってしまっちゃったしね。

 御息所も意識的に自覚があるわけじゃないけど、見えるはずのない葵の上の姿が見えたり、そこで焚いているお香の匂いが自分の髪にも移っていたりするから、もしかして生霊になっちゃったんじゃないかって自分でも恐れてはいたのよね。

 そこに「オレ、見てしまいましたよ。あなたを」なんて源氏から言われちゃったからそりゃあ恐ろしいわよね。とてもじゃないけど平気な顔をして付き合えないし、ましてや正室になんてなれないわよね。またふたりで逢っても、源氏は自分に対して冷めていて、自分の方が源氏を深く愛しているから取り乱しちゃうだろう、それだけはツラすぎるわって御息所は自分を押さえていたのね。

 だからやっぱり源氏と別れて娘について伊勢に行ってしまおうと決めるの。

 その出発間際に源氏が訪ねてくるの。


 季節は秋。京の町から離れた野の宮(嵯峨野)。秋草は枯れてしまい、虫の声と松風がかすかに混ざり合う。そんな中になにやら楽器の演奏が聴こえてくるの。京のはずれの風流な秋の景色に心震わせながら昔を思い返すふたり。一度はあんなに愛し合ったのにって。久しぶりにふたりきりのひとときを過ごすけれど、再び付き合うこともなく恋人の関係をその日で終わらせるの。


 ~ 暁の 別れはいつも 露けきを こは世にしらぬ 秋の空かな ~

(明け方の別れはいつも寂しいけれど、今朝の別れは一番泣ける秋の空だね)


 別れ際に源氏が御息所に贈った歌。すぐには帰りたくなくて彼女の手を握って涙を流したんですって。冷たい秋の風が吹いて、鳴いている松虫の声も別れのBGMみたいに聞こえるの。


 ~ 大方おほかたの 秋の別れも 悲しきに 鳴くな添へそ 野辺の松虫 ~

(ただでさえ秋の別れは悲しいものなのに、松の虫よ、さらに悲しませないで)


 こちらは御息所の返歌。彼女は知的で和歌の名手だったけど、このときはあまりに動揺して上手な和歌を詠めなかったのですって。源氏はふたりを繋いでいた糸は自分のせい(御息所に冷たくしてしまった)で切れてしまったって後悔するの。

 御息所もあんなに愛していたのにって明け方の月の光の中で最後に見た源氏を思い浮かべて悲しんだの。


 そうして御息所は娘と一緒に伊勢へと旅立っていったの。



 ―― 父・桐壺院の死 ――

 最愛の桐壺の更衣が産んだ光源氏を心から愛した桐壺院だったけれど、病気になってしまうの。現帝の朱雀すざく帝に東宮とうぐう(藤壺の宮の子)のことを頼むと何度も何度もおっしゃるの。それから源氏のこともお話になるの。

「どんなことも源氏に相談しなさい。彼は国を治める能力はあるけれど、彼を想って臣下に下ろして将来は大臣にしようと思ったのだ。このことを忘れないように」

 そんな風に朱雀帝に言い残したの。源氏も東宮のお供で最後のお別れに行ったわ。院は源氏にも東宮をたすけるように繰り返し言い残すの。そして藤壺の宮さまに看取られてお亡くなりになってしまうの。


 これによって朱雀帝の母があの弘徽殿女御(帝のお母さんだからこれからは弘徽殿大后こきでんのおおきさき)でその父が右大臣なので政治的勢力は右大臣が握っていくの。源氏は右大臣側からは嫌われているし、葵の上も左大臣の娘だったから権力の中心からは外されちゃうのね。


 そんな中で右大臣の娘の朧月夜が入内じゅだい(朱雀帝にお嫁入り)して尚侍ないしのかみ(女御、更衣に次ぐ階級)になるんだけど、まだ源氏ともつきあっていたのよ。それをなんと朱雀帝も知ってたんだけど、

「ボクより前から弟とは付き合ってたんだし……」

 なぁんて黙認しちゃうのよ。おとなしい性格なのよね、朱雀帝サマ。



 ―― 憧れの人に再アプローチ? ――

 桐壺院が亡くなったってことは藤壺の宮さまもこれで独身(?)に戻られたことになるわよね。源氏は宮さまの女房に協力してもらって宮さまの寝室まで押しかけるんだけれど、宮さまに拒絶されるの。源氏は言葉巧みに口説くけれど、宮さまは自分はともかくも東宮さまを自分の恋愛沙汰に巻き込みたくないのね。そうこうしているうちに宮さまは具合が悪くなっちゃって女房たちが部屋に出入りして騒がしくなってくるの。源氏は協力者の女房(禁を犯したときに手引きした王命婦)に塗籠ぬりごめ(室内の物置)に匿ってもらうことに。

 病状が落ち着いて人が少なくなるとまた源氏は宮さまの御帳台みちょうだい(ベッド)の近くまで行くの。宮さまも源氏の香りが漂うから顔を見せないようにうつぶせになって逃げようとするの。でも源氏が宮さまの髪をつかんでいてその場を離れられないのね。具合が悪いからと言う宮さまに源氏は自分の辛い恋心を切々と語るの。


~ 逢ふことの からきを今日に 限らずは なほ幾代をか 歎きつつ経ん ~

(これからもう逢えないんなら何度生まれ変わっても嘆き続けるよ)


~ 長き世の 恨みを人に 残しても かつは心を あだとしらなん ~

(永遠にわたしを恨むなんて言っても、心変わりもあるかもしれないわ)

 

 宮さまはわざと冷たい態度を貫くのよね。これ以上嫌われたくない源氏はそのまま帰って行ったの。


 宮さまは過去の過ちのことや東宮の出生の秘密を何がなんでも守らなければいけないと思っているのね。そして東宮を護るには後見人の源氏の協力が必要なの。でもその源氏からこんな風に迫られることは避けたいの。そこで宮さまは出家(尼になること)を決心するの。


―― あちらこちらに手紙や挨拶? ――

 源氏は宮さまに応えてもらえなくて落ち込んでしばらくお寺(雲林院)に引きこもるの。紫の上とは手紙のやりとりはしているんだけれどね。


~ あさぢふの 露の宿りに 君を置きて 四方よもの嵐 しづ心なき ~

(キミを置いてひとりにしちゃったけれど、心配で仕方がないよ)


~ 風吹けば づぞ乱るる 色かはる 浅茅あさぢが露に かかるささがに ~

(あなたの心変わりが心配だわ。わたしにはあなたしかいないのに)


 紫の上の女らしい文字を見て、自分の育て方はうまくいったななんて思っているみたいよ。

 

 おまけに賀茂神社の斎院であるいとこの朝顔の君にも手紙を送るの。


~ かけまくも かしこけれども そのかみの 秋思ほゆる 木綿襷ゆふだすきかな ~

(今は神にお仕えしているあなただから恐れ多いけれど、昔朝顔の歌をやりとりしたことなんかを思い出すよね)


 賀茂の斎院になる前の朝顔の君に源氏はなんどもアプローチしてたのよね。


~ そのかみや いかがはありし 木綿襷ゆふだすき 心にかけて 忍ぶらんゆゑ ~

(昔ってどうだったかしら? 忘れられないなんて言ってるけれど?)


 朝顔の君は源氏の恋人にはならなかったのね。


 しばらくして二条院に戻り、宮中にも参内するようになったの。帝に挨拶してから藤壺中宮さまと東宮さまに会いに行くの。

「おかあさまがお帰りになるまで起きているんだ」

 もう夜で本当は寝る時間の東宮さまがそんな風におっしゃるからとっても可愛らしいのね。


 朧月夜ともまだ付き合っているんだけど、さすがに桐壺院が亡くなって右大臣派が権力を握っているからしばらくは連絡していなかったんだけど、そうしたら朧月夜の方から連絡してきたの。


~ 木枯らしの 吹くにつけつつ 待ちしに おぼつかなさの 頃も経にけり ~

(木枯らしが吹くたびに(あなたが)来てくれるのを待っているのにちっとも来てくれないのね)


 久しぶりの朧月夜カノジョからのラブレターに源氏もウキウキしちゃうの。


~ あひ見ずて 忍ぶる頃の 涙をも なべての秋の しぐれとや見る ~

(キミに逢えなくて泣いている恋の雨をただの雨だとでも思ってんの?)


―― 藤壺中宮さまの決断 ――

 中宮さまは桐壺院の一周忌を行うの。


~ 別れにし 今日けふは来れども 見し人に 行き逢ふほどを いつと頼まん ~

(故院にお別れした日が来ましたが、今度はいつ父に会えるでしょうか)


 源氏が中宮さまに歌を贈るの。


~ ながらふる ほどは憂けれど 行きめぐり 今日はその世に 逢ふ心地して ~

(生きていることは辛いですが、一周忌の今日は亡き院さまにお逢いできるような気がします)


 桐壺院を偲ぶ気持ちは源氏と同じなので、中宮さまもすぐに返事をくださったの。


 それから何日かして中宮さまは法事を開くの。1日目は自分の父親である先帝のためで、2日目は母后のためで、3日目が桐壺院のためで盛大な催しなのね。そして最終日に中宮さまが出家をなさるって発表されたの。誰も知らないことだったみたいで、お兄さん(紫の上のお父さん)の兵部卿宮も源氏も気が動転しちゃうの。


~ 月のすむ 雲井をかけて したふとも このよの闇に なほや惑はん ~

(出家のお志は尊敬するけれど、お子(東宮)さまのことは心配ではないのですか?)


 源氏が宮さまに贈った歌ね。(自分たちの)子どもとも別れてしまうのですか? 大丈夫なんですか? って聞いているみたい。


~ 大方おほかたの 憂きにつけてては いとへども いつかこの世を そむきはつべき ~

(俗世からは離れますが、子どものことは気がかりでなりません)


 宮さまの源氏への返歌だけれど、東宮さまに宛てたお返事でもあったようなの。


 出家するということは男女のお付き合いができなくなることなので、源氏はこれで決定的に宮さまから別れをつきつけられちゃったのね。生きているけれど、ある意味お別れ。源氏はこれで二度と宮さまとは結ばれないとひどく落ち込むの。


 ―― バレちゃったアバンチュール ――

 右大臣の権勢がすごくて、左大臣側の人間や藤壺の宮さまなどに仕えている人たちの昇進がなくなったりして、左大臣の息子の頭中将も冷遇されてたの。左大臣も政界から引退しちゃうの。

 そんな状況だったのに、源氏と朧月夜は彼女の実家(右大臣の屋敷)で密会アバンチュールしちゃってるの。雨と雷がすごかった夜があって、右大臣が心配して朧月夜の部屋にやってくるの。そのとき源氏もそこにいて、とうとう右大臣にバレちゃったの。当然右大臣は弘徽殿大后(朧月夜のお姉さんで朱雀帝のお母さん)にもチクったの。もちろん弘徽殿大后は怒髪天を衝く怒り様で

「帝の寵姫ちょうきに手を出すなんて帝への謀反じゃ~~~!!!」

 と騒ぎまくったわ。これを機に源氏を追放してやる! って息巻いたの。



◇六条御息所との別れに藤壺の宮さまとの別れ。どちらの別れも恋の終わりですね。そんな失恋ダメージを癒そうとしているのか、紫の上はいいとしても、朝顔の君や朧月夜にまでラブレターを送ります。そしてとうとう朧月夜とのことがバレてしまいましたね。



 ~ 暁の 別れはいつも 露けきを こは世にしらぬ 秋の空かな ~

 源氏大将が六条御息所に贈った歌。


 ~ 大方おほかたの 秋の別れも 悲しきに 鳴くな添へそ 野辺の松虫 ~

 六条御息所が源氏大将に贈った歌。




 第十帖 賢木



☆☆☆

【別冊】源氏物語のご案内

関連するトピックスがあります。よかったらご覧になってくださいね。


topics5 だから言わんこっちゃない

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881765812/episodes/1177354054882523333

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る