episode19 永遠の人         薄雲

 ◇薄雲ざっくりあらすじ

 明石の姫君は紫の上に引き取られ二条院で暮らしはじめます。女院(藤壺の宮)は病気で亡くなります。そして息子の冷泉帝が自分の出生の秘密を知ってしまいます。



【超訳】薄雲

 源氏 31~32歳 紫の上 23歳~24歳

 女院(藤壺の宮) 36~37歳 冷泉帝 13歳~14歳

 明石の君 22~23歳 明石の姫君 3~4歳

 梅壺女御 22~23歳



 ―― 姫君、紫の上のもとへ ――

 源氏は明石の姫君の将来を考えて二条院で紫の上の養女として育てるという提案を明石の君にするのね。明石の君も源氏はそう考えているんじゃないかって予想していたんだけれど、いざそう言われると動揺しちゃうのね。源氏は紫の上は子供好きだからきっといい母親になると言って明石の上を安心させようとするの。明石の君も紫の上の評判は聞いていたの。若い頃の源氏はいったいどんな女性だったら満足するのかって思うほどいろいろな人との恋のウワサがあったけれど、紫の上と結婚してからはそんなウワサがなくなったので、彼女は素晴らしい女性なんだわって明石の君は思っていたのね。だったら物心のついていない今のうちに姫を預けるのがいいかもしれないとも思うの。

 

 明石の君のお母さんの明石の尼君は源氏の提案に賛成して娘を説得するの。それが姫のためには一番いい方法だと明石の君も頭ではわかっていても、自分の産んだ娘を手放すのはもちろん悲しいし、姫がいなくなった私のところになんて源氏はもう通ってきてくれなくなるんじゃないの? ってとても不安になっちゃうのよね。


 とうとう冬になって決心したんだけれど、やっぱりお別れの日はツラくてツラくて堪らなかったの。普段は源氏が来てくれるのを楽しみに待つ明石の君だけれど、今回だけは源氏が来るのが辛かったわね。源氏も明石の君には辛いことだと思って、一晩かけてなぐさめるの。


「いいえ、いいんです。これで私が産んだということが隠されるんですから」

 そう言って明石の君は泣くの。


 明石の姫君は嬉しそうにお父さんの源氏と牛車に乗ろうとするの。何も知らない姫君は当然お母さんも一緒にお出かけすると思っているの。


~ 末遠き 二葉の松に 引き分かれ いつか木高き かげを見るべき ~

(幼いあなたとお別れして、成長したお姿を見られるのはいつになるのかしら)


 最後までは言い切れないまま明石の君は号泣してしまうの。源氏もわかっていたとはいえ、なんて気の毒なことなんだろうって思うの。


~ ひ初めし 根も深ければ 武隈たけくまの 松に小松の 千代を並べん ~

(本当の母子なんだからいつか一緒に暮らせるようになるよ)


 そう源氏は明石の君に語りかけて、姫君の乳母や女房達と出発したの。

 暗くなってから着いた二条院はどこもかしこも華やかで姫君用のお部屋も可愛らしく準備されているの。二条院へ行く途中で明石の姫君は眠ってしまって、二条院に着いてもお母さんの明石の君がいないから泣いてしまうんだけれど、かわりに紫の上が優しくしてくれたので新しい環境にも慣れていったみたい。源氏は明石の君から姫君を取り上げてしまったことは申し訳ないと思いながらも、最愛の妻の紫の上とふたりでこの可愛らしい姫君を育てていける幸せをかみしめているみたいよ。そうして明石の姫君を正式に源氏の娘として公表したの。

 紫の上はこんなにも可愛らしい姫を明石の君からとりあげてしまったんだと気づき、姫と別れて寂しくしている彼女のところに源氏が通うのを大目に見てあげるようになるの。

 源氏も娘と別れて泣いてばかりいる明石の君に文を送ったり訪ねたり気遣ってたみたいね。


 新しい年になり、東の棟の花散里はとても幸せそうなの。同じ敷地内だから源氏もよく顔を見せてくれるし、もともとが多くを望まない謙虚な性格だから源氏との仲も穏やかでいい関係みたいね。源氏も紫の上に対する態度と同じように花散里にも接したので周囲の人たちも花散里を敬愛していたの。

 それから大堰おおいの明石の君のところにも行こうと、とびっきりのオシャレをして出かける美しい夫を紫の上はやれやれと思いながらも見送るの。

 明石の君の美しさ、優雅さや頭のよさはやっぱり普通の人じゃないなと源氏は感心するの。源氏は姫君のことをいろいろと話して聞かせてあげるの。明石の君も出しゃばったりせず、ときどき源氏が逢いにきてくれるだけで充分だわって思うようになったんですって。



 ―― 女院の死 ――

 葵の上と権中納言(頭の中将)のお父さんの太政大臣だじょうだいじん(昔の左大臣)が亡くなられたの。源氏は公私ともに信頼していたから大臣の子供や孫以上に仏事や法要を営むの。政界の中枢の人物を失ってしまい冷泉帝は落胆しているの。それにお母さんの女院(藤壺の宮)まで具合がよくなくてお見舞いに行くのね。女院は37歳なんだけど年よりずっと若く見えて美しいの。


「なんだか今年は死ぬ年のような気がしていたのよ。あなたとお父様(桐壺院)のお話をしようと思っていたんだけど、なかなか会いに行けなかったわね」

 女院がそう帝に話しかけるの。

「厄年なんだから普段以上に祈祷をさせなきゃいけないのに……」

 冷泉帝はそう言って悔やむの。ずっとお母さんのそばについてあげていたいんだけれど、帝の立場上長くは外出できなくてしぶしぶ女院の元を離れたの。


 女院は高貴な身分に生まれて、桐壺帝に嫁ぎ、中宮になったので、表向きは女性として最高に幸せな人生だったと思われているのね。けれども源氏との禁じられた恋のことが気がかりで心の晴れないことだと女院は思っていたの。

 源氏も女院が重病だって聞いて会いに行くの。すっかり弱ってしまった女院の姿とやるせない想いに悲しむ源氏。几帳の向こうに女院がいらっしゃるけれど、もちろん源氏も女院も顔をあわすことも本心を口にすることもできないのよ。


「院(桐壺院)のご遺言をお守りくださり、陛下(冷泉帝)のご後見もよくしてくださいました」

 女院はそう言って源氏をねぎらうのね。

「私など無力ですができるだけの努力はいたしております。太政大臣がお亡くなりになり、あなたさままでご病気になられ、私も生きていられません」

 源氏も泣きながらそう言うのですって。女院への恋しい気持ちを抜きにしても、幼い頃から長い間関わってきた人の命が消えていこうとしているのに自分にはどうしてあげることもできないと嘆くのね。


 そしてお見舞いの言葉を交わすなかで女院は息を引き取られたの。

 折しも桜の季節。あの桐壺院の桜の宴会のこと(第八帖 花宴)を思い出して藤壺の宮のことを想うの。


 ~ 深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染に咲け ~ (古今集)

(もし桜に心があるのなら、今年だけは墨染(喪服の色)に咲いてくれ)


 源氏はこんな歌を口ずさんで涙にくれるの。春の夕暮れ、夕日が山を照らしてその下を薄く流れていく雲がにび色だったの。哀しみのあまり他の感情を感じない源氏だったけどこんな歌を詠むの。


 ~ 入日さす 峰にたなびく 薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる ~

(夕陽がさす山にたなびいている薄雲が俺の喪服の色に似せたんだろうか)


 誰に聞かせるでもなくひとりでそんな歌を詠んだの。源氏の哀しみようが伺えるわね。



 ―― 冷泉帝が知る衝撃の事実 ――

 四十九日の法要が終わったころにずっと女院に仕えていた僧侶がこっそりと冷泉帝に出生の秘密を話してしまうの。このまま冷泉帝が真実を知らないままでいるのもよくないと思ったみたいね。

 女院が冷泉帝を身ごもってから悩みごとがあって僧侶にずっと祈祷を頼んでいたこと。源氏が須磨に失脚したときも今まで以上の祈祷を望んできたこと。それを聞いた源氏も僧侶に祈祷を依頼してきたこと。ふたりは冷泉帝が帝位につくまでずっと祈祷を頼んできたこと。

 このことを聞いた冷泉帝の心境は恥ずかしさと恐ろしさと悲しさが入り混じっていてなんとも表現しづらいものだったの。冷泉帝から何のお言葉リアクションもないので僧侶が退出しようとするの。

「知らないままでいたら後世まで罪をおかすところだった。他に誰がこのことを知っている?」

「私と王命婦おうのみょうぶだけでございます」


 自分が桐壺院の子ではなくて源氏の子だという事実を知ってしまった冷泉帝は最近立て続けに人が亡くなったり、天変地異が起こるのは帝でない臣下の子である自分が帝位についているからなんだと思って、桐壺院の子である源氏に帝位を譲った方がいいんじゃないかって悩み始めるの。

 あまりのショックで部屋に引きこもっていると心配した源氏がやってくるのね。源氏の顔を見ると、感情を抑えることができなくなった冷泉帝は涙をこぼされたの。源氏はお母さんの女院を亡くした辛さからの涙だろうと思ったみたいね。


 さらに桐壺院の兄弟の桃園式部卿宮まで亡くなられるとますます世間が騒いで、冷泉帝は落ち込んで源氏に退位をほのめかすの。源氏の顔を見ながら自分の顔はやっぱり源氏とそっくりだって思うのね。源氏が父であると知ってしまったと源氏に打ち明けたいとも思ったんだけれど、やっぱり簡単には切り出せなかったみたい。源氏の方はまさか冷泉帝が真実を知ってしまったとは想像もしていないわね。

 冷泉帝は書物を調べたりして、一旦臣下に下った皇子がまた皇位につくことが可能かどうか探ったりもしていたの。自分が退位して源氏に帝位についてもらおうと思ったのね。


 冷泉帝の気持ちは落ち着かず、秋の人事異動で源氏を太政大臣に昇進させることと譲位を考えていると伝えるの。源氏はこれを辞退するの。

 ここまで冷泉帝が思いつめているのはひょっとしてあの秘密がバレたのかって源氏は心配して女院の女房ですべてを知っている王命婦おうのみょうぶに確認したんだけれど、女院も王命婦も秘密は漏らしていなかったのね。女院は冷泉帝が秘密を知ってしまうこと、そして実の父が源氏であることを知らない冷泉帝が親不孝となってしまうことをとにかく心配していたと王命婦から源氏は聞くの。藤壺の宮さまはそんなことまで心配してくれていたのかと源氏はまた宮さまのことを恋しく想うのね。



 ―― 梅壺女御への想い ――

 秋になって、冷泉帝のお妃の梅壺女御が親代わりの源氏の二条院に里帰りしてきたの。今年は亡くなられた方が多いから源氏は鈍色にびいろ直衣のうしを着て喪に服しているの。そして誰にも見えないように数珠を袖の中に隠し持っているの。女院のことを想ってのことみたいね。

 源氏は梅壺のお母さんで恋人だった六条御息所につらい想いをさせた罪滅ぼしもあって梅壺の面倒をみているんだけれど、やっぱり女性としても梅壺のことが好きなのかもって彼女にほのめかすの。けれどさすがに梅壺が呆れかえって困っちゃったみたい。


 そんな梅壺のリアクションにもうややこしい恋愛はやめておこう、恋してはいけない人に恋することは良くないことだって自分で自分の気持ちを押さえようとしたみたい。

 話をそらして、女御さまは春と秋ではどちらが好きかなんて話をはじめるの。すると梅壺女御はお母さんの六条御息所が亡くなった秋が特別心に沁みますって答えるの。

 西の対にもどってきて源氏は紫の上にあなたは春が好きだと言っていたねと話をするの。あなたたちの好きな季節の花や木を集めてあげたいねと源氏は思いながらも、そろそろ出家のことも考えないといけないのかもな、でもあなたたちがいるしね、すぐにはムリなんだろうななんて考えるようになったの。




 ◇永遠の憧れの女性ひと藤壺の宮さまが亡くなられ、本当に永遠になってしまいます。愛した人に似ているからと桐壺帝に望まれ入内し、その息子である源氏と罪に堕ちてしまいその罪の子を産んだ藤壺の宮さま。彼女の愛は決して表に出せませんでした。



 ~ 入日さす 峰にたなびく 薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる ~

 源氏大臣がひとりつぶやいた歌



 第十九帖 薄雲





☆☆☆

【別冊】源氏物語のご案内

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topics11 紫は悲恋の色?

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881765812/episodes/1177354054882775574

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